"ドリームクラッシャー"の日向温さんより







ドリームクラッシャーさんであつかましくもニアミス5001HIT申告 をして絵を頂いてしまったキノです。
すご い!素敵すぎます!エルム兄さんが素敵すぎます・・!
やっぱり冒険者大好きですvv
キリナちゃんも可愛いなあ・・・。私お料理しているシーンや絵がとても好きなので、
今回リクさせて頂いたのですが・・本当に素晴らしいものを貰ってしまいました!
そして・・・しょ、小説までつけてもらってしまって・・!

どうぞ下に!日向さん、本当に有難うございましたーvv

6/29/Wed




―1105年24日水上都市スクーレ元騎士団本部-厨房―

水上都市と言えば聞こえはいいが、街中を水路が巡るスクーレに湿気は付きものだった。
その永く変わらないこの街の特徴を示すように、スクーレの元騎士団本部の壁には薄っすらと青カビの跡が目に付いた。
清潔に保っておきたい厨房も昨日の大掃除の甲斐無く、まだらな壁の模様が伺えてキリナ・ナトゥーダは溜息を吐いた。
「はぁ、やっぱりスクーレの湿気には敵わないみたいね…」
「昨日の掃除の時に消毒殺菌はしたんだろ?」
後ろの竈で手際よく昼食のおかずを次々と作っていく兄に「気にするな」とばかりに言われ、 彼女は諦めたように視線を壁から外し手元のボールに戻した。
「そうよね。このカビのシミは100年どころの代物じゃないものね…」
口ではそう言いながらも妹が軽く身震いする様子を横目で見て、エルム・ヴィトルは苦笑いを浮かべた。
騎士団の主戦力の一人に成りつつある妹も、まだ19歳の女の子である。
エルムにしても、入団当初は騎士団での野営生活に慣れるのに時間を要したものだ。
綺麗好きな分類に属する妹には、あまり好ましくない状況であることに変わりは無い。
「きっと、此処を拠点に戦っていた頃にはもっと綺麗だったんだろうな。」
「それって、時計塔に番人の少女が居た頃でしょ?」
気味悪そうにしていたキリナの表情がぱっと明るくなる。 彼女は湿っぽいスクーレにそびえ建つ時計塔が大のお気に入りなのだ。
「そう。そして時計塔の修繕にあたった剣闘士が、スクーレで最初に直したのが此処だって知ってたかい?」
「え?そうなの?」
兄の言葉に、若いニンジャはまだ少女の面影が残る表情を更に輝かせた。 その様子に、青年冒険者の表情も自然に和らぐ。
「語り手居れば紡がれる、永きに渡りし騎士団の歴史―」
冒険者固有の騎士団の移り変わりを歌う唄の冒頭一説を、エルムは張りのある力強くそれでいて繊細な声で歌い始めた。

―時は1011年、予言の地で彼らは出会う。
一人は気の優しい剣闘士
一人は偏屈な少年の冒険者
一人は魔道の力に祝われし魔女
彼らは出会うべくして出会い、騎士団と共に戦う運命にあった
人が忘れても歌は忘れぬ
剣闘士と魔女の恋物語を―

「という所で続きは次回かな。」
いよいよ物語の始まりという部分で唄を切り上げる兄を、妹は恨めしそうに睨んだ。
「兄上の意地悪!もの凄く続きが気になるじゃない!!」
抗議する妹に、エルムは彼女の手元のボールを指差した。
「さっきから、手がお留守になっているようだけど?」
「え?あっ!」
エルムに言われ、ようやくキリナはまとめかけの生地を忘れて唄に聴き入っていたことに気付いた。
「僕の方はもう終わるよ。」
「ええ?!『コモリガエルの甘酢がけ』と『白銀インゲンのゴマ和え』と『山菜入りの麺つゆ』をもう作ったの?」
「ああ。後はキリナの生地待ちだよ。」
兄のあっさりとした返答に、キリナは呆れてしまった。 こんなにも手際良く料理を作る男は騎士団内でも兄とメイゼン家の兄弟くらいだろう。
生地のまとめに取り掛かるキリナを確認したエルムの目に、卓上に籠いっぱいに積まれた卵が映る。
「これ、オトラウズラの卵か?」
「ええ。街でマレー先輩が貰ったんですって。」
買出しは主にマロレーネかキリナが担当するのが暗黙の了解である。 大抵の店主は美人に弱く、値を下げるかおまけの品をくれるからだ。
「お祖母様の時は凄かったらしいわね、値引きやらおまけの品が…」
祖母ティナ・スラズウェリンの打ち出した記録を思い出し、キリナは可笑しそうに笑った。 一方のエルムは少し複雑そうな表情になる。 兄の心情を察し、キリナは苦笑いを浮かべた。
「アルビルも買出し担当決定ね。」
「…あの子は男の子だよ。」
「でも、ティナお祖母様にそっくりだわ。」
子どもの頃一緒に遊んでいた時は、女の子のように可愛い男の子としか思わなかった。
しかし、つい20日と少し前に入団してきた従弟を見て、キリナは驚いたものだ。
目まぐるしく変わる表情と真っ直ぐで素直な性格は昔のままだったが、黙って立っている時のアルビルに彼女は不覚にも見とれてしまった。
柔らかそうな金色の髪、透き通るような白い肌、長い睫毛の下の海より深く空より透明感のある青い瞳。
それまで祖母の逸話の数々はオーバーに語られていると思っていた彼女は、成長した従弟の姿で考えを改めたのだった。
「綺麗になったよね、アルビル…お祖母様の逸話も納得しちゃったわ。」
妹の言葉にエルムは頷いた。 その視線は大量のまだら模様の卵に注がれたままでいるものの、映っているものが違うことなど妹のキリナには容易くわかった。
「もう、兄上!アルビルの大好きな卵焼き作ってあげたいなら、作ればいいじゃない!」
痺れを切らしたように言うキリナに、エルムは慌てて首を振った。
「別にそういうわけじゃ…」
「昨日看病している時に、リクエストされたんじゃないの?」
「…言いかけて止めたんだ、あの子。スクーレで新鮮な卵を入手するのはお金がかかるから…」
王都ヴァレイの本部では有り余った土地で農作物や家畜を育てているが、 元本部などでは退団後に気紛れに住み付く者が現れない限り食物を入手するには市場で買う他無い。
それを察して「特に無いよ。」と答えた従弟がいじらしく思えた。
「ここに大量の新鮮な卵があるんだから作ればいいでしょ!」
「夜の宴の為に昼食は軽めにしてくれってアッドが言ってたが…」
「あ、それならお気遣いなく!卵焼きくらいじゃ重くなりませんよ。」
煮え切らない様子のエルムに厨房の入り口付近から声がかかった。目をやるとひょろ長い影が見える。
「アッド!弟はいいの?」
弟の看病をしているはずのアルヴィルドの姿にキリナが目を丸くする。
「アルビルなら今、オヌガさんとアスティさんが見てくれていますよ。あ、今日はクガイ伝統の『うどん』ですね。」
「オヌガとアスティ先輩が?オルギ先輩じゃなくて?珍しい組み合わせね。」
「最初はアスティさんだけだったんですが、途中でオヌガさんも来てくれて… おかげで安心して厨房の様子を見に来れましたよ。 アスティさんと二人きりにさせるのは、どうにも気が引けて…」
苦笑い交じりに言うアーチャーに、ニンジャも頷く。
「確かにアスティ先輩、アルビルのこと可愛い可愛いって大絶賛してたもの…危険な香りだわ。」
「でしょう?オルギさん曰く、奥さんの時と同じくらい五月蝿いって!かなり危険な香りですよねって、エ、エルムさん…」
二人の会話を黙って聞いていた冒険者の周りの空気は凍りついたように冷い。
「や、やだ、兄上!冗談に決まっているじゃない!!ねぇ、アッド?」
「そうですよ、エルムさん!それに生真面目なオヌガさんも一緒ですし…」
慌てて取り繕うキリナとアルヴィルドに背を向け卵を割りながらエルムが呟く。
「二人ともオヌガがあの子を見つめている時、顔を赤らめるのに気付いていたかい?」
エルムの言葉に、キリナとアルヴィルドの表情が硬直した。
「ええ?!オヌガもアルビル狙いなの?!」
「僕、もの凄いマズイ状況に弟を置いて来てしまったんでしょうか…」
動揺する二人にエルムは堪えきれずに噴出した。
「まさか、兄上嘘付いたの?!」
「そうなんですか?エルムさん?!」
「いや、嘘じゃないけど…どう話しかけていいか悩んでるだけだな、オヌガは。アスティ先輩は奥さん以外の人を愛せないよ、きっと。」
「そこまで読んでて、わざと不機嫌な振りをしたの?」
信じられないというようにキリナが言う。アルヴィルドは口も利けずにポカンとしていた。
「君達もかなり先輩に失礼なこと言ってたようだけど? それに、あの子はどんなに綺麗な顔していて小柄でもアーチャーなんだよ。 アルビルに対して一番失礼だったと思わないかい?」
にこやかに笑うエルムの表情は無表情よりもずっと怖い。
彼が一番最後に述べた項目に対して最も怒っていることに「甘い」と思いながらも、二人は謝らずにはおれなかった。
「言葉が過ぎたわ…」
「僕も調子に乗り過ぎました。」
素直な二人の言葉にエルムは頷き、今度は柔らかな笑みを浮かべた。 その様子にキリナもアルヴィルドもホッとした。
「素直でよろしい。悪いがアッド、食堂に皆を呼んで来てくれないか?」
「はい。そのつもりで様子を見に来たんですから。」
言いながら、アーチャーは厨房を後にした。
扉を出る時、アルヴィルドはちらりと意中のニンジャに視線を送った。 キリナの方も少し照れた様子で軽く手を振る。
その様子を気付かない振りをしながらも、エルムは喜ばしく思っていた。 彼は自分が根腐れしている間、妹がどれだけ心を痛めていたか気付かない程鈍感な男では無い。
しかし、そんな彼女に気付きながらも自分の信念を曲げることは出来なかった。 その間、事あるごとにキリナを気遣ってくれたアルヴィルドの存在にどれ程感謝したことか。
二人の間が親密になったのは確かな事だと、妹の耳に飾られたイヤリングが語っている。
木製ビーズと赤瑪瑙で作られた細工の細かい代物が、彼女の耳元を飾るようになって3日。
キリナはこのイヤリングを随分と気に入っている様子である。
そして、このような細かい細工の代物を手作りできる人物は限られている。
間違いなく、アルヴィルド・メイゼンが作ったものだ。
「兄上、フライパンから煙出てるわよ。」
「あ、ああ。」
慌てて火からおろし、少し冷めるのを待つ。
「どうしたの?ボーっとして…あ、やっぱりアルビルが心配なんでしょ!」
クスクスと笑う妹を横目に、エルムは丁度いい温度に戻ったフライパンに解いた卵を流し込む。 ジュっと卵の焼ける音と共に、ほんのり甘い香りが漂った。
「違うよ。アッドは器用だなぁと思ってね…」
言いながら、兄は手にした菜箸を軽く回して妹の耳飾を示した。途端にキリナの頬が赤らむ。
「ちょ、兄上、誤解よ!これはお守り袋のお礼にってアッドが…」
言った瞬間に、しまったとキリナは思った。しかし、既に時は遅い。
「へぇ、お守り袋なんかあげてたんだ。」
「…あの子、無茶するから。心配で…弓使いはずっとアッド一人だったから、連戦も多かったし…」
言い訳を並べる妹を微笑ましくエルムは思った。
「大事にいつも身に付けていなよ。縁起の悪い話だけど、虫の知らせを伝えてくれることがあるからね…」
そう言って、エルムは懐に仕舞い込んだ古ぼけた木彫りのお守りを取り出した。
キリナもよく知っているそのお守りは、この6年間兄が大切にしていたものだ。
以前に目にした時と違うのは、大きな亀裂により真っ二つになっていることである。
「あの時、突然裂けてね…もし気付かなければ手遅れだったかもしれない…」
兄の言葉に、キリナは耳飾りに優しく触れた。
(どうか、悪い知らせなど伝えることがありませんように。)と願いを込めて…



                ―1105年24日 水上都市スクーレ元騎士団本部‐厨房にて
                              エルム・ヴィトル、キリナ・ナトゥーダ―