【幸せな悩み/震える銀匙】







幸せな悩み





メリーアン17歳。
リア、16歳。
そしてマーリンが13歳。


メリーアンは考えていた。悩んでいた。
今までの人生の中で、一番悩んでいた。




「兄さん、何してるのよさ。」

「ああ、リアかぁ・・おかえりぃ。」

「・・相変わらず気の抜けた喋り方だわさ。なんとかならないの?」

「なんとか・・って、そんなのとぉさんに言っておくれよ。」

「マーリンはあんなに普通なのに。」




リアと呼ばれた魔女は、呆れ顔でメリーアンのとなりに腰掛けた。
メリーアンと、リア。
本当ならもうこの二人、騎士団に入っていてもおかしくない年齢だ。
なのにまだここにいるのにはちゃんとした理由がある。

マーリンを待っているのだ。

実はこの二人、とんでもない弟バカだったりする。
次男であるマーリンだが、
それはもう可愛い。可愛くてしょうがない。(リア・メリーアン談



本来ならば15歳になれば入団が認められるから、その年までに都入りするのだが。
・・・メリーアンが14のとき、マーリンはまだ10を数えたばかり。
長旅に連れて行けるような年ではなかった。

それでなくったって弟を一番大切にしてきた兄と姉だ。
おいていくなんていう選択肢は、はじめっからなかった。








「騎士団は、ヴァレイに本拠を構えて世界中を飛び回ってるらしわさ。」

「・・・大変、だってねぇ。風の噂でよく聞くよ。」

「手紙、また来てたのよさ。
 ”出来るだけ早く合流して欲しい”って。
 団員さんが一人、怪我で退団したって書いてあってね。」


「・・・リア。おいらぁ、どうしたらいいのかなぁ。」

「・・・そんな事、自分で考えなさいな。
 マーリンの事なら、心配はしなくても大丈夫。あたいが責任持って守るわさ。」

「・・・・そうかぃ。」





メリーアンは空を見上げた。
意地悪なくらい雲ひとつなくって、溜息が出る。

あの騎士団の団員を父母に持つ自分だ。
けして、戦いが怖いとか、そんな事は思っているわけではない。

むしろ、この竪琴を弾き鳴らすたび奇妙な高揚感に襲われていつも何か物足りなさが拭えない。
自分の力がどこまで伸びるか試してみたい。

それは純粋な思いだった。













数日後。
メリーアンは王都行きを決意した。















「リア姉、にぃは・・?」

「今ちょっと出かけて・・・。」

「・・・最近、にぃに会ってない気がするよ、僕。」

「今日は、ちゃんと会えるわさ。兄さんも話したい事があるって言ってから・・」

「・・うんっ。」





マーリンは頷くと、竪琴を抱えて外へ遊びに行った。
リアは、もうメリーアンから聞かされている。王都に向かうこと。
・・・王都へは、一人で行く事。







「・・・なんて、説明したもんかね・・。」









リアは後々訪れるであろう修羅場を覚悟して、ひとしれず溜息をはいたのだった。
















震える銀匙





用意したるは震える銀匙。

カップに茶葉、それに甘い砂糖を一掬い。

蛍のランプに火を燈して、

戸口に一つ。

食卓に二つ。

枕元に三つ。


荒野では勇敢な口笛を、夢の中では優しい子守唄を。

食卓では子供達の鼻歌を。

さあさ、いそいでフォークを持って。















「おやつにしようかぃ。」

「そうしましょう。」







メロウウェンとニムリッサは、そう子供達に微笑んだ。
3人きょうだいはおやつという言葉に嬉しそうににっこり笑って、


「そうしましょう!」

と、言葉まねて見せるのだった。




メロウウェンとニムリッサは、夫婦揃って一年の暇を貰っていた。
子供が甘えたいざかりだから、今回は遠征から外してもらったそうだ。
それがあのレオ・ガッタカムの進言だなんて知ったら、どこぞの弓使いは驚いて大事な弓を取り落としてしまいそうだ。

メロウウェンとニムリッサ。
本当は、休暇などいらなかった。

ほんの少しでも長く子供達と一緒にいると、次の遠征がとても辛くなる。
遠征中、

雨が降れば、濡れていないか。
雪が降れば、風邪をひいていないか。
風が吹けば、何か怪我をしていないか。

そんな事を考えて気もそぞろ。

でもレオに、


「子供達が寂しい思いをするのと、自分達が寂しい思いをするのと、どっちをとる?」


なんて、言われてしまって。
あとは流されるまま休暇を頂いたというわけだ。

明日は子供達をつれて、スクーレの街外れの綺麗な湖に行く予定。










「なぁ、ニムリッサ。」

「ん?」

「良かったねぇ、休暇とって。」

「みんなには悪いけど・・・そうさね。」

「おいらぁ、とっても幸せだ。」

「あたいもだよ。」




この幸せを何と呼ぼう。
これはきっと、震える銀匙でも掬いきれまい。