【ウェローのたまご】







「フェル!!」

ゴオンと重い音がして、扉が開かれた。
ぶわっと埃が舞い上がって、差した光の間をふわふわ光る。

「フェル!フェルリット!!いい加減出ておいでよ!」

そこは薄暗くて、天井高くまで所狭しと本がひしめき合う部屋だった。
初等部の書物庫だ。
いつも黴臭くてじめじめしていて、調べ物をする以外は近づきたくない場所だろう。
そんな薄暗い部屋の一角に、ボゥっとした光に浮き上がる人影が見える。
高く積まれた本に隠れて、今にも埋まってしまいそうだ。
フェルリット、と呼ばれた少女は、黙々と本を読んでいた。

「フェル?もうご飯食べ終わっちゃったよ?
もう出ておいでよ、いい加減にしないと先生に怒られちゃうよ?」

「あとちょっとだから」
「何があとちょっと、よ!いつもそうでしょ!」
「うーー・・キャルロット、お願い!」
「だめ!」

ピシャリと言ってのけたキャルロットは、座り込んだフェルリットの上からひょいと本を取り上げた。
フェルリットが驚いて立ち上がるけれど、彼女とキャルロットは頭一つ分身長が違う。
フェルリットは悔しそうにキャルロットを睨んだ。

「ケチ!!」
「何がケチよ。毎回呼びに来る私の身にもなってよね。
大体そんなに勉強しなくたって、充分成績はいいでしょ?」
「あなたに負けるのが悔しいんだってば!」
「・・・・もう。」

キャルロットは困ったように親友を見つめると、ふぅ、と一つ溜息をついた。





フェルリットとキャルロットの通う、ウェローの魔法学院。
大陸中の魔術師、魔女、あるいは研究者達が集い今日も賑わっている。
ソーサランドの辺境の地だと言うのにも関わらず、ここはいつも人で溢れていた。
言わずもがな、北で一番大きな都市である。

代々、魔女・魔術師の家系の続く者は、大抵五歳から学院に入学する。
その他の一般の入学志願者は9歳から学院にやってくるのだ。
フェルリットとキャルロットも一般の入学志願者で、9歳の時に学園にやってきた。
彼女達は今10歳。入学してから二年になる。

彼女達は初等部内では少し有名だ。
一般志願者でありながら、五歳から入学している名家の魔女達にもひけをとらない。
キャルロットは教科で。
フェルリットは実技で。

二人はお互いをライバルと認め、日々実力を伸ばしていた。

そんなある日のこと、彼女達はある出来事に巻き込まれる事となる。











あたしはフェルリット、ウェロー学園に通ってるのよ。
今は入って二年目ね。
実家はメゾネア。お父さんには少し反対されたけど、母さんが説得してくれてなんとかここまで来れたの。
入ったからには頑張らないと、
って事で、今のところ実技では学年で一番よ!
・・・教科は不本意ながら二番なんだけどね。

あたしの親友、キャルロット・シェラ。
お父さんがアーチャーだとかで、あたしより頭一つ分大きいの。
・・あたしが小さいだけかもしれないけど。
エルフィン・バレイっていう山奥から来たらしいけど、
そんな村全然知らないわさ。
とにかくキャルロットは頭が良くて、努力家で、いつも負けちゃうのよ。
それで今度こそって、書物庫にかじりついてたんだけど・・

結局キャルロットに引きずり出されたのよさ。

・・でも、思ってたより大分月が高く昇ってて驚いたわ。
やっぱりキャルロットが来て良かったかもね。

「皆さん時間です、終わりましょう」

今日の授業は薬草学だったわ。
魔女の修行がほうきで飛んだり大鍋をかきまわしたりっていうのはもうずーっと昔のこと。
御伽噺みたいなものなのよ。

今日の授業みたいに薬の調合の仕方とか、自然の力を味方につける練習をするのが私達が学ぶ事なの。
この学校に入学する時、生徒は皆属性を調べるのよ。
魔女はほとんど火で、魔術師は雷らしいわ。
私は火属性で、キャルロットは珍しく風属性だったみたい。

「フェル、食堂いこうよー」

キャルロットが呼んでるわ、早くいかなきゃ。

「今日は何処で食べる?」
「そうねー、庭行こうか?」
「そうね」

お昼はどこで食べてもいいから、いつもキャルロットと一緒に食べてるの。
ウェロー学園はどこもかしこもキラキラしてて綺麗。
昼も綺麗だけど、夜はもっと綺麗。
庭には大きな池があって、澄んだ水が静かにさざめいてて、あたしこの池が大好きなのよね。





「あ、今日くるみパンだわさ」
「やった!あとはえーと、香草のオムレツ?」
「あたしが持ってきたのはカドリの実と鳥のスープ」
「それからりんご二つ。」
「・・上々ね!」
「そうね!」

食堂は早く行かないと中々好きなメニューを選べないので、早い者勝ち。
フェルリットとキャルロットは授業の課題を終わらせるのが早いので、大体は好きなメニューを選べている。

「さ、食べましょ」
「うん」

頂きますと精霊に祈りを捧げる為に目を閉じる。
と、その時。

「ねぇ、君達」

とつぜん声がかけられた。



「こっちに、上級生の魔女は来なかったか?」

「へ・・・、あ、いいえ!誰も来ませんでした。」
「そうか。・・ああ、君達は・・ウェリングレンと・・シェラ、だったか。」
「そ、そうですけど・・」
「僕らの学年でも、中々有名だ。」

声をかけてきたのは、上級生の魔術師だった。
袖のボタンの数が最上級生だという事を示している。
片手には大きな本。
急いで走ってきたのか、少しローブとマフラーが乱れていた。
彼は深くかぶっていた高帽子を少し上にあげると、驚いたように二人を見て、フェルリットとキャルロットの名前をあててみせた。
薄く開いた焦げ茶の瞳は、叡智を称えるように鈍く光っていた。

どうやら、彼女らの名前は思っていたよりも学園に知られていたらしい。
二人は顔を見合わせた。

「まあ、頑張るといい」
「「は、はいっ」」


魔術師の上級生はそう告げると、来たときと同じように慌てて走り去っていった。
フェルリットとキャルロットはしばらく、目をパチクリさせてままだった。







ミィルは暫く学園を走り回っていたが、ようやく探し物を見つけたようだ。

「・・ちょっとミィル。何してたの?」
「何してたの、はこっちのセリフだ。君は私をからかってるのか。」
「ええそうよ。」
「・・・フォルスランド・・・」
「家名でなんて呼ばないで頂戴。私の事は名前で呼んでって言ったでしょ?」


フォルスランド、と呼ばれた少女は少しイライラした様子で木の根に座っていた。
長いマントがフワリと風に広がっている。
彼女は上級生の魔女である。
負けん気の強そうな黒い瞳に、ミィルは溜息をついた。
ミィルと彼女は同じ学年のクラスメイトだ。

いつも何かと突っかかってきて、鬱陶しいとは思うのだが・・・
長い付き合いだからか、放って置くことが出来ない。


「シュレック先生が呼んでるんだ。・・行くぞ、カトレット。」
「・・・一体何の用なのよ」
「さあ。私にわかるわけないだろう。」
「そうね。・・・ああ、どうせ碌な事じゃないわ」


カトレットは渋々といった感じで立ち上がると、ミィルに並ぶ。
シュレック。ライデン=シュレック。学園の若い教師の名だ。
フロイドの次に錬金の技に精通している教師で、性格を一言で表すなら、”曲者”だ。
ミィルは彼が苦手だったが、尊敬もしていた。
彼の錬金の技は、他の誰にも真似が出来ない程繊細で美しかった。
まあ、性格は、置いておいて。



ミィルとカトレットは、美しい青と緑のタイルに包まれた小さな塔にやってきた。
錬金の技を用いる魔術師・魔女達の研究塔だ。
ライデンは大抵、この研究塔の一室に篭っている。

「ほんと、何でここはいつもこんなに汚いの。」
「・・・・・・」

塔の一角にある研究室は、いつも信じられない汚さだ。
本は山のように積みあがっているし、紙は埃をかぶっている。
本棚はもはや本棚と呼ぶにはおこがましい状態だし、もうキノコでも生えてきてもおかしくないんじゃないかと思う。

ミィルは顔を顰めると、扉を開けて本の山を踏み越えた。
カトレットは盛大に眉を顰めていたが、溜め息をついて彼に続く。

「シュレック先生、ミィル=リンドブルムとカトレット=フォルスランド、参りました。
いますか、シュレック先生。」
「・・・本の中に埋もれてんじゃないの・・?」

カトレットがぼそりと呟く。
すると奥でガサガサと音がして・・・・

「・・二人共、来ていたのか。すまない。」

文字通り本の山の中から、埋もれていたライデン=シュレックが出てきた。

ライデンは机の上や床に積みあがった本を乱暴にどかすと、二人に椅子を勧めて自分も積みあがった本の上に腰掛けた。
部屋の惨状にはもうこの際目を瞑る事にして、二人も椅子に腰掛ける。

「呼び出してすまないな。
まあ、取り合えず話を聞いてくれないか。」

ライデンは机の上を整理しながら話し始めた。


「私が先日、この近辺に出た魔物を学園の教師らで倒しに行ったのは知っているか?」
「はい。・・確か、ガルーダだとか。」
「確か、東の森に出た・・・?」
「そうだ。まぁ、魔物自体はすぐに倒せたんだが・・・」
「? 何かあったんですか?怪我人の話もなかったと思うんですけど・・」
「ああ、それは心配ない。問題は・・・コレ、だ。」

ライデンは机にそっと、”何かの卵”を置いた。
大きい。
鈍色のにごった殻は、初めて見る色だ。

「これは・・・?」
「ガルーダがな、守っていたんだ。」
「・・・・え、ええっ!!?」

魔物は何処から来て、何処へ行くのか。
それはアクラルの大陸に住む全ての人が不思議に思うことだ。
いつも突然現れ、そして消える。

寿命はあるのか?
成長するのか?
繁殖能力はあるのか?

魔物の生態は学園でも長く研究されてきた事だ。
そう、この卵はそんな不思議が解明されるかもしれない可能性を秘めていた。


「一週間かけて資料を漁ったが、この卵に関するものは一文も無かった。
まぁ、まず多きさからして異常だがな。」

卵は、赤ん坊が入れそうなくらいの大きさだった。
確かに異常な大きさだ。
少なくとも、このソーサランドに大きな卵を産むような動物はいない。


「フロイド師にも聞いてみたんだが、あちらも目を丸くして驚いていた。
今のところ、これは未知の卵という事になる。」
「・・それで、私達二人にそれを話して、どうしろと?」
「単刀直入に言うと、手伝ってもらいたい。」
「別に私達じゃなくても、他の先生達は?」
「皆、忙しいんだよ。私は自分の授業を潰してこれを調べる事を頼まれた。
フォローは他の教師がやってくれる。
なおさら彼らに協力してしてくれと言うのは言い出しにくい。」

少しでいい、手伝ってくれないか?
ライデンは少し困ったように手を組んで、二人を見た。
教師から生徒への頼みだ。
元より拒否権はないじゃないか。ミィルは溜め息を堪えて、答えた。

「・・・わかりました。」
「・・ミィル、いいの?」
「先生が言うんだ。私も、魔術師を目指す者として興味がないと言ったら嘘になる。」
「・・・仕方ないわね。」

さて、この卵。平穏なウェロー学園にひと波乱起こす事となる。
それは二年生のフェルリット、キャルロットも巻き込まれる事になるのだが、それはまた後のお話。








メモ帳で連載してたウェロー学園まとめ。
フェルリットの少女時代、どうでしたでしょうか・・
相変わらず好き勝手やってるキノでした。

8/20/Sat