「ま、待ってよ姉さん!!」 「何をぐずぐずしてる、早く来い。」 「そんな事言ったって・・・!」 颯爽と草原を走るのは、銀の甲冑に身を包んだ少女。 それに必死について行こうとしているひょろ高い少年。 どうやら彼らはきょうだい、らしい。 「姉さん、なんでそんなに、足、速いんだよ・・」 「・・・情けない。お前は森の民だろう、これくらいついて来れないのか。」 「だ・・だって・・」 「だってもしかしもかかしもあるか!そんな事では騎士団には入れないぞ! 父上と母上の顔に泥を塗る気か、お前はっ。」 「そ、そんな事!!」 ひょろ高い少年は驚いたように声を荒げる。 甲冑の少女はそれを見上げながら、溜息をついた。 そして一言。 「帰ったら、特訓だな。」 ------------ 「あー!お帰りなさい!!」 「ああ、ただいまイリス。」 「ただいま、イリス姉さん。何もなかった?」 「うん、大丈夫よ。」 出迎えに出てきたのは、甲冑の少女と瓜二つな少女だった。 甲冑の少女よりは少しお転婆に見える。 二人の帰って来たところは、堅固な石造りの建物。 騎士団。 ミラノ騎士団の、本部だった場所だ。 今は団を抜けた者達が使っている。 彼女らの親は二人とも騎士団の団員だった。 ここ、スクーレを本拠に置いていた時のメンバーで、二人とも主戦力だったと聞く。 甲冑の少女の名は、スティーナといった。 ひょろ高い少年は、イェルドといった。 そして、イリス。 かれらはきょうだいだった。 「はあ・・あと一ヶ月後が出発かあ・・。」 「名残惜しいか?」 「そ、そりゃ・・・もちろん。」 イェルドは無駄に高い背をちぢこめて答えた。 どうやら、スティーナにはめっぽう頭が上がらないようだ。 スティーナとイリスは、来年15歳。 そしてイェルドはあと二年で15歳。 この夏のうちにキーディスを越え、王都に向かうのだ。 騎士団に、入るために。 「三人だけの旅だ。 ・・・助け合っていこう、イェルド。」 「・・・もちろん、姉さん。」 出立までは、あと一ヶ月。 「イリス、大丈夫か?」 「うん、大丈夫よ姉さん。イェルド、あなたは?」 「だ・・大丈夫。」 三人は街道を歩いていた。 草原と空だけの広い空間。 曲がりくねった街道だけが道しるべだった。 夏の熱い太陽がジリジリと三人を照りつける。 木陰もなく、雲もなく、太陽を遮るものは何もない。 「・・・風もない・・・か。 せめてキーディスからの風があれば、まだマシだったんだろうが。」 「姉さん、少し休もう?このままじゃ、三人皆共倒れよ。」 「・・・そうだな・・。森に、それよう。」 三人だけの旅というものは、どうして中々大変なものだ。 幼さの抜けきらない顔立ちの三人組は、それでもどうにかキーディスに向かって一歩一歩、歩み寄っていた。 しかし、連日連夜続く暑さは三人の体力を急激に奪っていく。 日中に進む距離も格段に減った。 ”旅するって大変だね” イリスがふと呟いたその言葉を、腹の奥で噛み締める姉と弟だった。 「・・森だ。」 「・・うん、涼しいね。」 「ほんと、生き返るなあ。姉さん、僕水を汲んでくるよ。水の音がするんだ。」 「気をつけろよ、イェルド。」 「大丈夫大丈夫!」 さわさわとそよぐ音だけで、とても涼しく感じる。 木漏れ日は優しくて、あのぎらついた太陽を思わせるものはかけらもなかった。 イェルドの言ったように、遠くにさらさらと水の流れる音。 スティーナとイリスは大きな木にもたれ掛かり、兜を甲冑の止め具を二・三個外している。 さわさわと空気が揺れる。 「姉さん。ホントに私達、キーディスを越えられるのかしら。」 「・・大丈夫。イリスとイェルドは、私がちゃんと守る。」 「私だって、姉さんやイェルドを守るわ。」 「・・・そうか、頼もしいな。」 姉の浮かべた優しい微笑みに、イリスはとても嬉しそうに笑った。 ----------- 「あ・・ここかぁ。動物達も集まってる・・・って事は。 大丈夫な水かな?」 「ああ、だいじょぶだよ。」 「そっか!良かった、これでねえさ・・・って、え?」 「やぁ。こんにちは、森の民人さん。」 「うわわわわっ!!??」 「そぉんな驚かなくてもいいだろうに。 初めまして、おいらぁメリーアン。冒険者だよ。」 「あーー、えーーと。」 「あ、イェルドです。イェルド・・スラズウェリン。」 「うん。イェルド君は、こぉんな暑いのに草原を渡ってるのかい?」 「え・・・まあ。この夏中にキーディスを越えたいんです。」 「ふぅん・・・。それは、もしかしてアレかい?例の騎士団とやらのためとか。」 「!!そ、そうですっ。え、何でわかるんですか?」 「・・・君は真っ直ぐだかんね。」 メリーアンはバンダナをぐいっと引きあげて、にっと笑った。 傍らには真っ白なハープが置いてある。 荷物も少なくて、本当にこれだけで旅が出来るものなのかとイェルドは驚いた。 「あ、あの、メリーアンさんも騎士団に?」 「あ、メリーでいいよぉ。長いでしょ?」 「は、はいっ。それで・・」 「まだ決めてはないんだけどね。一応ヴァレイには行くつもりさぁ。」 「本当ですかっ!?」 イェルド君はオイラの言葉に嬉しそうに目を輝かせてた。 アーチャーってのは子供でも大人でもみぃんな背が高くって、顔が可愛いんだよな。 だからイェルド君が何歳くらいかとか検討があんまりつかなかったりする。 でもまあ10代くらいだろうね。若々しいオーラが出てるよ。 この子は一人で旅してんのかな? いや、それはない。こんな子が一人で旅が出来るんなら魔物も素手で殺せちゃうよ。 ・・・ていうかこの子ホントにキーディス越えなんかできんのかなぁ。 「メリーさん??どうかしたんですか?」 「ん?あ、ああ。うん。イェルド君は一人で旅してんのかな?」 「いえっ、姉さん二人と、です。」 「へぇ!お姉さんと!!そりゃまた。色々大変じゃない?」 「大変・・・ですか?いえ、そんな事は。 逆に姉さん達に守ってもらう時もあるし・・情けないです。」 しょんぼりとイェルドがこうべを垂れる。 一緒に耳もへなんとなって、メリーアンはそれを面白そうに見ていた。 さらさらと水の音がして、イェルドはぱっと顔をあげる。 そういえばここに来てからどれくらいたっているんだろう? 姉さん達が心配しているかもしれない。 早く帰らないと。 でもその前に。 「ぁ・・あのっ、メリーさん!」 「ん?なんだい?」 「僕らと一緒に、キーディス越えをしてくれませんか? あの・・そのっ、僕ら旅するのって初めてで・・あんな山、どうやったって越えられない気がしてほんと・・ なんかずっとずっと心配で・・姉さん達を守ってあげられるかとか・・・ほんとに、ほんとにっ、」 「あーあぁ、落ち着いてイェルド君。 いい男が泣くもんじゃないよー?」 「え?あ、あああっ、ごめんなさいっ!な、なんか変だな僕・・」 「わかったよ。旅は道連れっていうからね。 君のお姉さん達の了解がとれれば、一緒に行ってあげよう。」 「あ、ありがとうございます・・・」 あーもう。 ほっとけないったらないよね、こーゆうタイプは。 オイラも甘かったかなあ。 遠くから聞こえる二つの呼び声を聞きながら、メリーアンは途切れ途切れな空を見つめていた。 |