【一般職種/勇者と女神/番人/冒険者】







女ということ







「母様、どうしていけないのです?」

「あなたは女の子でしょう?」

「女が侍になれぬなど、誰が決めたのです。」

「・・・・・いけないものは、いけないのです。」

「・・・・・・・。」













私は母様の制止を振り切り家を出た。
縁はとうに切るつもりでいた。

もう二度と、ここへ帰る事もないだろう。
私は騎士団の拠点のある街、ヴァレイへと向かうのだ。
騎士団ならば、きっと私を受け入れてくれる。
きっと。






−−−−−−−−−



ざわめく街中を抜けて、私は酒場の扉を開いた。
通り過ぎるたび向けられる好奇の視線はあまり気持ちの良いものではない。

しかしいちいち反応するのも億劫というものだ。
話によると騎士団はこの酒場で団員を募るという。
いつ遠征から帰ってくるかはわからないが、暫くはここにるといいだろう。





「男だけが侍になれるなど・・・・。」





私は思わず溜息をつく。

侍になりたかったのだ。
父様のように、雄雄しく、そして強くなりたかった。
長く伸ばした銀髪を結い上げ、刀を一時も離そうとしなかった私。
年頃だというのに剣ばかり握り続ける私を、母様はよく叱りつけたものだ。






父様は、わたしが十を数えたときに魔物との戦いで命を落とした。
相打ちだった。




相変わらず物珍しそうな視線は遠慮なく注がれてくる。
私は再び溜息をつかざるを得なかった。













――――カランカラン












酒場の扉につけられた鐘が鳴った。
私は、思わず目を見開いた。




深く、覆い隠された瞳。
背負われたハープ。
白い肌と茶髪。

風貌は、冒険者。
けれど、その胸には確かな膨らみがあった。






「女の・・・冒険者・・?」







高鳴る鼓動が抑えられない。
彼女がこちらを向いて、はっとなる。

こちらへ向かってくる女冒険者を見つめながら、私は鼓動を落ち着けるようにそっと胸へ手をおいた。
















勇者と女神と





世界を未曾有の大混乱が襲ってから、もう十年が経った。
各地に残った災厄の爪跡はまだ癒えたとはいえなかったけど、それでも人々の顔は明るかった。

魔精の襲撃で破壊し尽くされた王都も今では復興を果たし、
ラーズラス13世の世継ぎであるラーズラス14世が国王に即位している。



世界を救った勇者達は皆名も名乗らず、静かに故郷復興に取り組んでいるという。
ならばその勇者達を率いていた者は何処へいったのだろう?
帰る場所の無い彼は何処へ・・・?





僕は彼に会いたかった。
会って聞きたい事があった。















僕は今、マリスベイの片田舎に来ている。
こんなしけた村に世界を救った英雄がいるだなんて・・・。親父の言葉を疑いたくもなる。

僕は夏とはいえ少し肌寒い中を、ゆっくりと歩いていった。






何故英雄に会いたかったか?
そんなの決まっている。


退屈だったからだ。

一日が、当然のように穏やかに過ぎていく。
なにもない、けれど幸せな毎日。
けれど退屈な毎日。



10年前のあの日、僕はまだ10歳の、ほんの子供だった。
けれど僕はしっかり覚えている。


黒の霧で次々と死んでいく隣人。
空を覆った真っ黒な影。
そして、あんなちっぽけな村を救ってくれた英雄。


涙で視界がかすんで、その人の姿は良く見えなかったけれど・・・
きっとあれが、世界を救ったって言う不死身の英雄だったんだろう。




あの後、世界は変わった。
魔物は一気になりを顰めて、森の奥の奥や人里からずうっと離れた場所にしか現れなくなった。

皆はそれを喜びもし、そして不安にも思った。
けれど僕はそれに憤っていた。



ずっとずっと村を守りたくて、いつか村を救ってくれたあの騎士団みたいになりたくて・・・
弓を握ってきた。剣を磨いてきた。

けれどそれはもう埃をかぶってしまっている。






平和が嫌いなわけじゃない。
けれど、悔しかった。

子供心に憧れた騎士団のような存在に、きっと僕はなれない。
それがとても悔しかった。



だから、この村に来た。
なれなくても、会ってみたかった。
この目で一目見たかった。聞きたかった。

あの時村を救ってくれた、あの英雄に。








僕は村をまわって、村人と話をしてみた。














「ああ、あの人なら昨日薬を買いに来たよ。」

「双子の女の子が昨日五歳になってねぇ、思わず奮発しちまったよ。」

「なんだい?あんたもあの人に会いにこんな所まで来たのかい。
 ご苦労な事だねぇ・・・」

「家ならあそこだよ。ほら、あの赤い屋根の家だ。」














家は程なくして見つけられた。
小さくもなく大きくもなく・・・・なんとも平凡な家だった。

・・・と。
家の前においてある樽の陰から、ひょこりと何かが飛び出した。
飛び出したというより、もとからそこにいたのだろう。


・・・・薄い茶色の髪が、ゆらゆら揺れていた。
僕が近づくと、それは驚いたようにひっこむ。
しばらく何もしないでいると、それはゆっくりと樽の横から顔を出した。







「・・・・・おきゃくさん?」








年はまだ5・6歳、女の子のようだ。
髪の毛の長さは肩ぐらいで・・・不自然に揺れている起き上がった毛が凄く気になる。
瞳は・・・珍しい。真っ赤な色をしてる。

樽に隠れながらぼそりと言われた言葉に、僕以外にもここを尋ねる人は多いのだろうと知れた。







「お母さん、いま、はたけ。
おとうさん、おうちよ。」









拙い口調で言われたその言葉に、僕は笑ってありがとうと答えた。
女の子は頷いて家の裏手へ駆けていった。
きっとお母さんのところへ行くんだろう。


さて・・・。
どうしようか。

いざ目の前にすると、緊張するものだ。
目の前の簡素なドアが、とても大きく見えた。





大きく息を吸って、それから吐いて。
ドアノブに手をかけようとしたところで、後ろから声がした。








「家に何かご用ですか?」













そこには、長めの茶色い髪をなびかせた女性がたっていた。
驚いて声の出ない僕にその人はニコリと笑って、


「ブラッドのお客さんかしら?」






そう言った。



しばらくして僕はやっと思い出した。
英雄の側にいつもあった女神の話。

そうか。
今でも一緒にいるんだな。



「ブラッドなら中にいるわ。会いたいのでしょう?」

彼女はまた微笑んで、かたわらの女の子の手をひいた。
相変わらずひよひよ揺れている毛が一本。とても気になる。

彼女は緩慢な動作で扉に歩み寄ると、中にいるであろう夫の名を呼んだ。



「ブラッド、お客さんよ。」
「え?ああ、今行くよ。」

中から聞こえてきた声は少しくぐもっていて、聞き辛い。
僕は意図せず高鳴る胸を押さえられなかった。
英雄が。
村の命を救った彼がいま、すぐそこにいる。


ばたん!!ドサドサッ。



不意に、家の中からそんな音が聞こえた。
それと、何やら言い合う声。

何事かと僕は焦ったけど、隣にいる二人は少しも動じずに微笑んでいる。


暫くして転がるように出てきたのは、頭に小さな男の子をはり付かせた、赤い目と白い肌の男だった。




「こらっ、いい加減はなれないとっ・・!」
「いやだいやだー!」
「・・ああもう・・。」
「ブラッド。」
「あ、アリア・・」
「お客さんよ。」


そう言われた白い肌の男、ブラッドは男の子をそのままにこちらを見た。
心臓が跳ねる。

少しの間、沈黙があって。
はじかれたように彼は慌てだして、僕に謝ったのだった。





















灰が降ってきた。
雪に混じったその灰は、そろりとブラッドの頬を撫でて、滑り落ちていく。


滑り落ちた跡は、ブラッドの白い肌を薄く汚した。













「・・・嘘だ・・・。」











降り落ちてくる雪と、灰をじっと見つめる。
あの少女の面影はどこにも見当たらない。


静かな声と、
束ねられた黒髪と、
額の紫の輝き。

笑うと花が綻ぶようで、
本当は少し寂しがり屋だった。


一緒に着いてくると言ってくれた時の、あの笑顔が目に焼きついて離れない。








恋などではなかった。

けれど恋のようだった。








ただ、目の前に降り積もる薄灰が信じられなくて、ブラッドは唇を戦慄かせた。
やがて灰は雪の上につもり、そして雪に埋もれていった。
















二度目の旅立ち





とうとう僕にも退団の時が迫ってきていた。
自分の体力の衰えは目に見えて分かっていたし、これ以上の未練もなかった。





「フリーの所に行くのか?」

「ああ。」

「そうか・・・。今までご苦労さん。」

「・・・・ああ。」



ブラッドは珍しく気弱に笑って答えた。
馬鹿だな。
今のお前なら、もう僕がいなくても大丈夫だろう?

僕は大嫌いなお師匠様の所に行くよ。
死んでるか生きてるかどうかはわからないけど、返しに行かなきゃならないものがある。


あんたが一人で大丈夫なら、もうこれもいらないだろう?





「ブラッド。」


「ん?」


「あんまり頑張りすぎるなよ。」


「・・・そういうわけにはいかないかな。」





ブラッドは手を差し出してきた。
白いその手は汚れてがさがさしているようだった。


初めてした、最後の握手だ。







その手はやはり、戦士の手だった。