【某日】







1063年・某日。







「此度はウェロー・・か。」
「ああ。」
「・・・また長い遠征になりそうですな、ブラッド殿。」
「・・・流石に、気が滅入るよ・・。ヴァレイに帰ってきてもゆっくり休む暇さえない。」


ブラッドは茶色く変色した大陸地図をにらみつけた。
そこかしこに書き込みがされていて、細かく書き込まれた字、そしてそれを消した跡が大量に図面に散らばっている。

ことさら目を引くのは赤い文字。
ウェローのとなりに書き込まれた"カオスバーン"の文字だ。




「船も使えるようになった。今回はジグーを経由して船着場へ行こう。」
「ジグーを、でござるか。ブラッド殿、それならばサンパロスを経由した方が早いのでは・・・」

「いや。最近はジグーやカルラン付近に魔物の影が多いと聞く。
街人の話だと夜中に街の真上を徘徊している魔物もいるらしい。
いつ襲われるのかとビクビクするよりこっちから打って出たほうがいだろう。
幸い、今の戦力なら多少の無理は通せる。」




ブラッドは相変わらず大陸地図を睨みつけたまま淡々と言葉を紡ぐ。
白い手に握られたペンはコンコンと机を叩き、持ち主の心をそのまま表しているようだ。

スルギは小さく溜息を吐くと、少し姿勢を正してブラッドに向き直った。



「ブラッド殿、短気はいけませぬ。
焦りは考えに曇りを生む。それにウェローの魔物はそれは手強いという噂を聞く。
ここはサンパロスを経由し、真っ先にウェローに向かうべきと進言致しまする。」




ブラッドは僅かに目を細めた。
団長へ、団員からの進言。

スルギはじっとブラッドを見据えたままだ。







「・・・・災いの根を断ち切るのに、躊躇い等必要ないはずだ。
今の騎士団にはそれを出来る力がある。」

「それで目的のウェローについて団員達が疲弊している等と言う事があれば、
それこそ笑えますまい。

それにカルランやジグーへは帰りの道中寄れば良い。」




ブラッドはしばらく考え込んで。
小さく息を吐いた。

目の前の彼の言葉は正論だ。
自分は焦っている。
倒しても倒しても、まるでそれが無駄だとあざ笑うかのように溢れ出る魔物達。

いらつかないほうが、おかしいのだ。
しかしそれが元で自分の判断が鈍っているのも理解すべき事だった。

ここは彼の進言を呑もう。
ブラッドは顔を上げてスルギを見返した。







「・・・・・・わかった。進言を呑もう。

今回の遠征はサンパロスを経由、船着場からウェローへ向かう。
途中の物資補充は白炎の村で揃えよう。
小さな村だが食料くらいは分けてもらえるだろう。各自武器は予備を用意しておくように伝えてくれ。
あんな小さな村じゃ、武器や防具をそろえるのは無理に等しいだろうからな。
万一武器を失う事になったりしたら、たまらない。」



「承知いたした。ではイリス殿に伝えておこう。」







スルギが少しほっとしたような顔をして席を立つ。
ブラッドもそれを見送ろうと笑顔になって、はっと気付いたようにスルギを呼び止めた。


「待て、スルギ。今回の遠征、イリスは行かない事になっている。」

「イリス殿が・・・?どこが具合でもお悪いのか。」

「いや・・・アイツもそろそろ年だからな。今回の遠征には耐えられないだろう。
途中どんな事があって、また長い遠征になるとも限らないんだ。
いつかのように二年越しの遠征になってしまえば、それこそ住み慣れない街に一人置いていく事になる。」



「では・・・」



スルギの問いを聞き終わる前に、ブラッドは机の手帳をめくりだした。
何枚かめくり、確認するように目で手帳の字を追う。

スルギはブラッドの答えを静かに待った。








「これからは、遠征の事はルーア・ティートに任せる事にする。
いい時期だ。」

「ルーア殿を。うむ、良いでござるな。
彼ならば出来るであろう。」

「じゃあ、そのように頼むよスルギ。俺はあとの細かい事を少しやっていくから。」

「承知。」







扉が音を立てずに閉まったのを確認すると、ブラッドは再び図面に目を落した。