【荒野に歌えば:04】







上空を旋回しながら、その魔物はギョロリとこちらを見た。

禍々しい色をした赤と紫の翼。
鋭いくちばし。




「・・・バジリコックね」



レルミはじっと魔物を目で追っている。

騎士団が万全であれば、取るに足らない相手だ。
そう、万全であれば。




「レルミ、セリウス君。ここは私達だけで片付けましょう。」

「・・三人ですか。」

「・・仕方ないわね。でも無理はしないで、テルミン。」

「わかってるわ。・・多分しばらくすれば援護も来てくれる筈よ。」





バジリコックはカタカタと嘴を鳴らして威嚇してくる。

セリウスはぎりりとハルバードを握り直した。
レルミやテルミンと違って、自分の武器は飛び道具ではない。
足手まといにはなりたくない。
魔騎士として、男としてのプライドだって一応ある。

守ってもらうだけには、いかない。




ふわりと一瞬空中で静止し、まるで重力に任せるように地上目掛けて降りてくるバジリコック。





「来るよ!!」





ここで負けるわけには、いかない。




























「・・・!?」


背後で突如響いた衝突音に、ブラッドは驚いて振り返った。

スルギやマーリンも、思わず武器を握る手に力が篭った。
背後ではもうもうと砂煙があがり、視界を遮っている。


時折聞こえる鋭い雄叫び。
・・・魔物だ。


「ブラッド殿!!」

「・・わかってる。」



援護に行かなければならないが、その前に目の前の魔物を倒さねばならない。
ヒュージラットは降り立った魔物の気配に感づいたのか、酷く興奮しているようだった。

焦ってはいけない。
ブラッドは呼吸を落ち着かせた。

今後列にいるのは、レルミ、テルミン、それにセリウスだ。
バルスとフェルリット、メリーアンも今は中列に下がっている。
ヒュージラットは大分弱ってきている筈だ。
自分とスルギ、マーリンだけでも持ち応えられない事もない。

スルギが勢いよく薙ぎ払った刀が、ヒュージラットの尻尾を半分切り飛ばした。



「!!スルギ、よくやった!!」

「団長!!後ろに来たの、バジリコックらしいです!
バルス君達が援護に行きました!」

「そうか・・・メリーアンも行くように言ってくれ!
ここは、俺達だけでなんとかしよう。」





尻尾を切られ、ヒュージラットは怒り狂っている。
スルギは血と脂を振り落とすように刀をひとはらいすると、ブラッドの隣に並んだ。


「次で仕留められるかな」

「おそらく」

「よし、行こう。」





大剣を構え、ブラッドは駆け出した。




































バジリコックは、鳥の造型をした魔物だ。
丸い体に大きな翼。
そして鋭い嘴。

一旦空に飛び上がれば戦士や騎士では太刀打ちが出来ないし、それ故に退治するのが難しい。
人を襲う他に農作物を荒らす魔物として、アクラルの人々に疎まれている。

回復力が強く、傷を負わせてもすぐに傷が塞がってしまうのも退治が難しい理由だ。




嘴を突き出し勢いのまま地面に降り立ったバジリコック。

レルミは岩陰から飛び出した。






「はぁっ!!」


先手必勝。
手裏剣を投げつける。

しかしそれはやはりと言おうか、バジリコックの硬い嘴に弾かれた。

手裏剣は跳ね返り、岩にぶつかってバジリコックの足元に落ちる。
レルミは舌打ちしつつもう一枚の手裏剣を取り出す。



「翼!翼を狙いなさい!!地面に落しちゃえばこっちのもんよ!」

「はい」





レルミの声に囃され、ハルバードをきつく握る。
やはりいつ見ても身の縮む思いだ。

セリウス兜の下の額に、つうと汗が流れるのを感じた。






「・・・・行きます。」






一気に距離を詰め、ハルバードを斜め後ろに構えた。
後ろからはテルミンの援護射撃だ。
リィンと響く鈴の音と同時にバジリコックの羽根がバサリと散り、その体が傾ぐ。

隙を逃してはいけない。

セリウスはバジリコックの懐に潜り込むと、振り上げるようにハルバードを叩きつけた。




『・・・・浅い・・』



セリウスのハルバードはバジリコックの胴体を浅く抉っただけだった。
翼をうまく狙えない。


もう一撃。


振り上げたハルバードを、今度は袈裟懸けに振り下ろす。
グンッと腕の筋肉が伸びるのを感じた。

ザクリと音がして確かな手応えを手の平に感じ取る。
生暖かいであろう魔物の体液が、セリウスの鎧の端を濡らす。

しかし、この一撃も翼には届いていない。
胴体を抉っただけだった。



『・・・もう一撃・・は。』



見上げると、鋭い嘴がこちらを狙っているのが容易に窺えた。





「セリウス君!戻りなさい!!」

「・・・・・」


テルミンが砂煙の合い間から叫ぶ。
確かにこれ以上、一人で追撃するは無理だ。

でもここで引けば、間違いなくこの魔物は、飛ぶ。


それこそレルミやテルミンの攻撃の届かない高さまで飛ぶだろう。
そんな事をされたら、確実に今つけた傷は回復する。

セリウスは、迷った。



『・・・ここで、追撃するか、しないか』


ガツン!!


セリウスを狙った鋭い嘴が、地面に突き立てられる。
すんでの所で避けたセリウスは、体勢を崩しつつハルバードを構えた。




「セリウス君!!!!」


レルミの声が聞こえる。


『ここで引けば、戦いが長引く』





再びセリウスを狙った嘴が、真後ろの岩を粉々に砕く。
目の前にギョロリとしたバジリコックの目玉が迫ってきて、思わず背筋に震えが走る。

・・逃げるものか。

もう一度、翼を狙いハルバードを振りきる。
今度は、バサバサと乾いた感触が手の平に伝わってきた。





『・・・やったか』






高い雄叫びをあげ、バジリコックがよろめいた。
左の翼からは血が吹き出している。



「セリウス君!!!」



レルミと、テルミンの叫ぶ声だ。
かなり、怒っている。


「早く戻りなさい!!!後は私達がなんとかするから!!」





翼は一つ潰した。確かにそろそろ危ないかもしれない。
引こう。セリウスは足の裏にグッと力を込めた。

後ろへ飛びずさろうとした瞬間。




キィン!!





ハルバードが思い切り弾かれた。



『何だ・・・?嘴じゃ・・ない・・』








「セリウス君!!」









セリウスのハルバードを弾き飛ばしたのは、バジリコックの”足”だった。
鋭く伸びた爪がハルバードを弾き飛ばし、そのまま鎧に浅い傷を残したのだ。

見ていられない。
レルミはバジリコックへ向かって駆けた。









ハルバードは弾かれたセリウスは、思い切りバランスを崩した。
幸いハルバードは自分の斜め前に弾かれただけで、手を伸ばせば届く距離だ。

しかし目の前にまで迫ったバジリコックは、その動作さえ許してくれなかった。

鋭い嘴が容赦なく頭を狙ってくる。



『・・・まずい』



一撃目をなんとか避け、ハルバードに手を伸ばす。
二撃目が来る。




『避けられない・・・っ』








とっさにハルバードを目の前に突き出した。

ガリリ、と鉄を削る嫌な音がする。
左頬が一気に、燃えるような熱さになった。

手の平の手応えもわからない。
このハルバードは魔物に一撃を与えられているのか?

兜がずれたのだろうか。
目の前が真っ暗で何も見えない。




一際高く魔物の啼く声が聞こえて、次の瞬間、胸をガァンと殴られたような衝撃が襲った。




「ッゲホ!!」







駄目だ。

意識が飛ぶ。

このままでは、死ぬ。










そんな事を冷静に考えている自分が、何だかおかしいと思った。





















「こっの、バカ兄者ァ!!!!」

「っ!!!」

「何、呑気に寝っ転がってんだ!起きやがれ!」

「バルス・・・」



今度は耳にガツンと衝撃。

弟のバルスが、叫ぶ声だ。
切り裂かれた兜から少し光が漏れている。
案外大きな裂け目なようで、その隙間からバルスの姿が見えた。思いのほか遠い場所にいる。
あんなに大音響で聞こえたのに。

そして自分とバルスとの間に赤い羽根がバサリと揺れているのを見て、まだバジリコックは
すぐ側にいるのだと思い出した。


駄目だ。
あんな場所では、バルスの攻撃は当たらない。

立たなければ。

そう思い、セリウスはグッと腹に力を込める。




「・・・・っ!!」




ズキリと、脇腹が痛んだ。
蹴られた時に内臓が傷付いてしまったのかもしれない。
相変わらず裂け目からは、バルスの姿が見え隠れする。

なんとか起き上がろう。
セリウスがフッと息を吐いたその瞬間。




目の前の赤い翼が蒼く燃え上がった。




「炎よ、逆巻け!!!あの魔物を焼き尽くしなさい!!」




フェルリットの声だ。

蒼い炎が恐ろしい勢いでバジリコックを押し包んでいる。
この勢いは、彼女一人で出来るものじゃない。


「攻撃補助・・・・バルスか。」







やがてバジリコックは力尽きるようにその場にくずおれた。

レルミとバルスが走り寄って来て、レルミが何事かバルスに伝えている。
バルスはこくりと頷くと、まだ炎の燻ぶる魔物目掛けてハルバードを振りかぶった。


ゴキリ、と嫌な音が響いて。


バジリコックの首が、地に落ちた。






『・・・・怒っている、だろうな・・・』





バルスの一撃で、張り詰めていた緊張の糸がブツリと切れた気がする。

目を閉じる瞬間に裂け目から見えたのは、レルミの真っ赤にわななく顔だった。