【ティゴルの谷】







南に目覚めし<黒き無限の災い>
霧深き緑の世界に翼を下ろす。




「霧深き・・・緑の世界・・?」

「そうです。次の災厄はティゴル。
 そして・・・敵はナグゾスサールです。」



























静かな緑の村。
それが今は喧騒に包まれている。

目の前には、見るもおぞましい巨大な魔物。
ナグゾスサール。
バルクウェイを塵とし、そして世界を覆いつくそうとしている闇。
それが今、目の前に。








「・・・ブラッドさん・・。」
「・・・ああ。」


きり、と唇を噛む。
震えが止まらないのは、恐ろしさか。それとも武者震いか。
緑の葉を揺らしながら見下ろす魔将を見上げて、ブラッドは剣を構えた。


「皆・・・行くぞ・・!!」
















−−−−−−−−−−−







「・・・行きます!!」
「おうさ!!」


ボウガンから放たれた矢が、真っ直ぐにナグゾスサールの胸に飛んでいく。
それは冒険者・・マーリンの掻き鳴らすハープに勢いづけられて、闇を切り裂いていった。




弓が空を裂く音。

葉が擦れてざわめく音。

谷に反響する剣戟。





・・戦いが始まって、既に一時間が経っていた。
さすがは魔将と言えよう。
一筋縄ではいかないのは覚悟の上だったが、やはりいざ相対すると、その強靭さには辟易してしまう。



ナグゾスサールが暴れる度に木々は悲鳴を上げ、風が唸る。
空には暗雲が立ち込め、今にも重く圧し掛かりそうな程だ。




「レオ!!アリステラを援護してやれ!!俺は前に出る!」

「わかった!」



ブラッドの声に、レオは思い切り地面を蹴った。
一番後列に並び、膝をついらアリステラの肩に手をかける。


「アリステラ、大丈夫か。」
「レオさん・・・。」
「・・・僕が援護しよう。・・・踏ん張れ。」
「・・・はい。」




そう、あと少し。
あともう少しなんだ・・・!!

ハープを持つ手に力が篭った。





















「・・ハガイ、どうだ。」
「・・・押しつ押されつ・・だな。」
「・・・・・・ブラッドさんは?」
「前線にて戦っている。」
「・・・・・・・。」
「焦られるな、フリー殿。今はまだ・・その刻ではない。」
「・・わかってる。」




ざわざわと揺らめく木々。
その隙間から、鋭い眼差しが遠くナグゾスサールを射抜いていた。

フリーはこの村の生まれだ。
地の利を生かすに越した事はない。
戦力が削られるのは痛かったが・・・こうでもしないとあの魔将には勝てない。
そう言って、ブラッドに別行動を要望したのだ。
一人で良いと言ったのに、ハガイまで連れていけと送り出された。







「・・・必ず、とどめをさしてみせる・・!」





















その時、この世のものとは思えない金きり声が・・二つ、上がった。
























「・・なんと・・!魔将に寄せられたか・・!」

「・・・!?」


ハガイが勢いのまま刀を抜く。
フリーが振り返ると、二人の背後の枝に、鳥の魔物が止まっていた。
くちばしをカタカタ鳴らし、威嚇してくる。

フリーはハガイを援護すべく弓を番えた。
しかし、ハガイはそれを手で制す。

・・そして、後ろを指差した。



そう、二つ聞こえた金きり声、一つはナグゾスサールなのだ。
戦局が、こちらに傾いてきている。
援護をかけるなら今なのだ。








「ハガイ!しかし君一人では・・・!」

「ここは拙者が預かる!!!よいな!」


有無を云わせぬ剣幕だった。




フリーはグッと唇を噛むと、ハガイに背を向ける。
小さく、”武運を祈る”と口の中で呟き、フリーは木々の隙間から矢を番えた。
自分の真下で、ハガイが地面に降り立った音と、羽音。続いて剣戟が聞こえる。






「・・・・・必ず当てる!!」








引き絞った矢は、真っ直ぐに魔将の頭を貫いていった。
思わぬ攻撃を諸に食らったナグゾスサールは、恐ろしい断末魔の悲鳴とともに、闇に溶けいっていく。

さらさらと零れる闇は、騎士団の勝利の証でもあった。















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結果、ナグゾスサールには勝利した。
・・苦い勝利ではあったけれど。

それでもこの村を守れた事には変わりはないから、団員達は素直にそれを喜んだ。



















「フリー。・・・ご苦労様。」
「・・・はい。」
「・・・・・無事で、良かった。」
「そうですね。・・俺は死ななかった。彼のおかげで。」












「ありがとう、ハガイ。君は立派な勇者だ。」
























冷たくなった手を、フリーは強く握り締めた。
ブラッドもハガイの側に膝をつく。

側に転がっていた刀を拾い。鞘に収め、その手に握らせる。









「ブラッドさんも、無事でよかった。
 これであなたに何かありでもしたら・・ハガイに顔向けが出来ないですよ。」

「・・・・。ああ、俺は無事だ。だから、


 ・・・ゆっくり眠れ、ハガイ。」






















霧が立ち込める。
木々の陰が長く、長く横たわり

その影が闇に溶け込むまで、二人は地に膝をついていた。










この日、ミラノ騎士団から二人の団員が退団した。
名誉ある、退団だった。