「あねさん!!あねさんっ!!」 「何かあったの?!」 「空が・・・・!!」 燃えるように紅い空を、その時はただ。美しいと思った。 Three days, three evenings, and fire burn. (みっかとみばん ひはもえて) For having come back, a man is three persons. (かえってきたのは おとこがさんにん) Seven days, seven evenings, and fire burn. (なのかとななばん ひはもえて) Behind, ashes do not remain, either. (あとにははいも のこらない) 「動ける人は手を貸して!!まだ息がある人をこっちへ!!」 栗色の髪を振り乱して叫ぶのは、まだ20になるかならないかの若い女だった。 普段は、綺麗に纏まっている筈の髪はぼさぼさ。 若草色の服は泥だらけで、細い腕は擦り傷だらけだった。 必死に手当てをしている傍らで、人がどんどん死んでいく。 阿鼻叫喚とはこういう事を言うのだろうか。 あまりにも凄惨な光景に、吐き気がした。 胃を喉へ押しやられるような感覚に、眩暈がする。 世界はこんなになるんだ。 サナは燃え上がる空を、ただ見つめた。 夕焼けのような夜だ。 やはり、美しいと思う。 あの人の色だ。 呆然と空を見上げるサナを呼ぶ声がした。 「あねさんっ、ワイアットさんが戻ってきた!!」 「えっ?ああ、助かるわ!早く呼んで来てっ!!」 「はい!!」 ばたばたと走っていく青年の背中を見ながら、サナはぎゅっと唇を噛み締める。 "しっかりしないと・・・。" 頬にかかる髪をかきあげて、サナは燃える荒野を走っていった。 「これは・・・酷いな。」 ワイアットが辿り着いた先には、言葉では言い尽くせないような光景が広がっていた。 真っ黒な墨になって、人かどうかも判別がつかないもの。 失くした腕で必死にもがいているもの。 全身の血が沸騰して、狂い死んでいくもの。 真っ黒な墨に縋り付いて泣くもの。 呆然と空を見つめながら佇んでいるもの。 所々に燻ぶる火は赤黒く揺らめき、舐めるように地を這っている。 助けを求める声を呑み込み、生き物のように広がるソレ。 暗黒の炎。 「どこまで持つかはわからんが・・・。やるしかないな。 真なる水の紋章よ・・・!!」 煌めきが炎を覆いつそうとする。 眩しく光り、包んでいく。 消えていく炎の向こうで、空は相変わらず橙色に燃えていた。 その頃ゲドは、別働隊を連れてワイアット達のもとへ向かっていた。 そもそも、ここは先程まで戦場だったのだ。 互いの命運をかけた。もしかすると最期になったかもしれない、大きな戦の途中だった。 それが、この有り様は一体何なのか。 運び手の仲間達は炎で散り散りになり、敵味方構わずバタバタと死んでいくこの状況。 突然の出来事にゲドは眩暈がした。 だが、大方の予想はついている。 炎が爆発的に広がる瞬間、膨大な紋章の力を感じた。真なる紋章の。 半径2km以内はおそらく、100年は生命の生まれない荒れた果てた赤土の荒野になっているだろう。 真なる紋章の暴走とは生半可なものではない。 敵も味方もたくさん死んだ。 「・・・・むごいものだ。」 共に草原を駆ってきた愛馬も焼け死んだ。 ここからは歩いてワイアット達のもとへ向かわなければならない。 ゲドは無事な者達を連れて、ワイアット達のもとへ急いだ。 「歩けるか。」 「大丈夫です、大将。何とか。」 「そうか。急ぐぞ、まだ戦闘は終わったとは限らん。」 「はいっ。」 出来るだけ、一緒にいる者達を気にかけながら炎のはぜる草原を走る。 その途中には、人の他にもモンスターや動物の死体がゴロゴロしていた。 遠く草原の向こうには、未だ衰えぬ巨大な火の玉が見える。 それは夕焼けのようにも見えて、不気味だった。 そしてそこは、英雄がいた場所でもあった。 ゲドは最悪の結果を想定する頭を振りながら、焼けた土を踏みしめていく。 「あの男が死ぬはずはない・・・。今は、俺に出来る最善の事をするまでだ・・。」 一人ごこちながらも、ゲドの視線は草原の彼方へと向いていた。 「嘘・・・嘘よ!!あいつが死ぬわけないわ!!」 「しかしな、サナ。あれは明らかに真なる紋章の暴走だ。 あのでかい火の玉の真ん中に、アイツはいる。」 「帰ってくるって・・・約束したじゃないっ!!!」 ワイアットが持ちうる限りの精神力を使って、兵達の回復に徹した後。 あの炎の原因を聞かされたサナは、酷く取り乱していた。 もうあの爆発が起こってから半日はたつ。 だが、爆発の余韻と炎の勢いは留まる事を知らない。 空にはいつのまにか日が差してきていたが、そんな事も気付かないぐらい草原は明るかった。 「嘘よ・・・。絶対嘘・・!!」 「・・・サナ。」 煤だらけの両手で顔を覆うサナ。 顔が煤で汚れるのも構わずにサナは顔を覆って伏せ続けた。 周りにいる仲間もどう接していいのかわからないらしく、ただオロオロするだけ。 ワイアットもサナをただ見つめるだけで、声は掛けられなかった。 「ワイアット!!!!」 よく響く低音に振り向く。 そこには自分達と同様に、ボロボロになったゲドとその部下達がいた。 「ゲド、生きていたか!」 「ああ。」 「そっちはどうだった。」 「駄目だな・・・。思ったより炎は広範囲に及んでいるようだ。 さすがは真なる紋章と言った所か。」 「そうか・・・。とりあえずお前の部下達を早く休ませてやれ。 悪いが、お前には話がある。来てくれ。」 ワイアットがサナ達に背を向けて歩き出す。 ゲドは迷ったが、ワイアットについていく事にした。 視界の端に顔を覆って立ち尽くしているサナが見える。 泣いているのかと思った。 あの気丈な娘が。 だが、それはただの杞憂でったらしい。 サナは煤で汚れた手を顔から離すと、パッとゲドの方を向いてきた。 「ゲド。・・・生きていて、良かったわ。」 煤だらけの顔に笑みを浮かべ、サナは言った。 その表情の奥の哀しみに気付けたのは、きっとリューイだけだったのだろう。 ゲドは慣れない笑みを返すと、再びワイアットの背を追って歩き出した。 「・・・大変な事になったな。」 「・・・・・。」 のんびりとした口調で話すワイアット。 「お前はまだアイツが生きていると思うか。」 「・・・あいつはこんな所で死ぬような奴じゃない。」 「・・・・本当に、そう思うのか。」 「・・・・ああ。」 「・・・そうか。」 ワイアットが振り返る。 そこには、笑みがあった。 「なら行こうぜ。」 「何?」 「英雄を、助けによ。」 -----------NEXT |