------------------- これより先に綴られる文は、ある旅人の手記の一部である。 その旅人はある盗賊団と出会い、その盗賊団が偉業を成し遂げるまでをその目に焼き付けてきた。 それでは、その旅人が記した手記よりその盗賊団を考察してみよう。 誰よりも自由で、 誰よりも気高く、 誰よりもこの地を愛した人々を。 -------------------- +++++++++ 『今日の手記は少し短くなりそうだ。 何故なら、今日この日は盗賊団にとって大事な日だからだ。 そう、今日は祭りの日だ。 男も女もいきり立ち、大いに盛り上がっている。 本当に祭りを始めそうな勢いだ。 その中心にいるのは、他でもないあの緋色の少年。 手にした棍を高く空に掲げている。 私にはその光景が、昔爺様から聞かされた戦神のように見えた。 二匹の鬼を従える、炎の戦神。 まるで童話のようだ。 そうこう考えているうちに、移動が始まったらしい。 私はそれを手を振って見送る。 すると数人の若い男が、 "今度は俺達がみやげ話を聞かせてやりますよ" などと言ってきた。 私は笑ってその男達に手を振った。 天気は晴天。雲ひとつない初夏の空だ。 今日この日が、歴史にのこるような日になる事を願う。 それでは今日の手記はここまでにしよう。 大して日頃つけている手記と長さは変わらなかったが・・・・。 まあ気にしないでおこうか。 』 まぼろしの刃をその手に握り。 「うおーー。いるいる・・。同じ服でうじゃうじゃいたら気持ち悪ぃなあ。」 木陰に身を隠しながら悪態をつくエン。 ゲドもワイアットも同じ事を思っているらしく、反応は無し。 エンは相変わらずハルモニア兵を嫌そうな目で睨んでいた。 「お頭〜〜〜。先頭が移動始めたみたいっすよ!」 「おお!よっしゃ、先回りするぞ!ワイアット、ゲド、頼む。」 「任せとけ。」 「ああ。」 相手は総勢40弱。 辺境とまでは言わないが、あちらから見れば未開の地。 そんな所に商売に来る商人達なのだから、腕っぷしのいい者達なのだろう。 それに対してこっちは30。 どう考えても不利なわけだが。 そこは頭の使いようだ。 ひじょうに古典的な方法だが、エンはこの作戦に"挟み撃ち"を提案したのだ。 だが、それだけではまだ完全な勝利を得れる確立は低いと言えた。 あの会議でも言われた事だ。 だがエンはニヤリと笑ってこうのたまったのだ。 『まかせとけ。なんとかしてやるさ。』 それは彼の口癖のようなもの。 結局あの場にいた者達は、エンの作戦に同意した。 その理由とは何か。 それはハルモニアの隊が通ってくる場所にあった。 大体商隊はカレリアへの山道を通る。 そこは切り立った渓谷で、落ちれば命は無い。 つまり、挟み込めば逃げ場の無い場所なのだ。 エンはそこに目をつけた。 「ワイアット達はあの道を使って先行。ゲド達はあの場所で待機。 よっしゃ。お前らに精霊の加護あらん事を。」 「お頭も。風と大地の精霊の、加護あらん事を。」 「やはりカラヤやチシャの民は不思議だな。我らは精霊など信じないからなぁ。」 「クランもそれぞれって事だ。頼んだぞ、ピート。」 「ああ、任せろ。」 「ワイアット、ゲド!お前らにも精霊の加護あらん事を!!」 「おうよ。お前もな。」 「ああ。礼を言う。」 ゴツゴツした岩陰に隠れて、じっと息をこらす。 遠くから聞こえるのは、 鳥の鳴き声。 渓谷の風鳴り。 そして、轍。 『来たぞ・・。エモノ構えろ。』 エンの呟くような声に、仲間達が己の武器を握り締める。 だが、その顔には緊張は無い。 あるのは"祭り"の高揚だけだ。 ガラガラと車輪の回る音。それと一緒に、乾いた土を踏みしめる音。 エンはちらりとそれを見た。 青と白の統一された集団。 そして後ろをついてくる商人。 近づくたび、音が大きくなるたび、心はどんどん高揚していく。 これが"祭り"の意味。 失敗などするものか。 否、する筈は無い!! 渓谷を飛ぶ大きな鷹が、小隊達を掠めた。 「かかれ!!!」 小隊達の後ろ。 ゲドと十人弱の仲間たちが飛び出してくる。 真後ろから攻撃を受けた商隊達は、大いに焦った。 助けてもらおうにも、ハルモニアの小隊は前を先行している。 しかも、すぐ隣は断崖絶壁。 助けも期待できず、逃げる事も出来ない。 思うように動けない商人達を叩き伏せていく。 慄いて逃げ出す者は無視した。 ゲドは荷車を確保するように伝え、いくらか屈強な商人に斬りかかる。 商人も武術の心得があるらしく、斧を振るい応戦していた。 一方ハルモニア兵も後方へ回り、商人達と応戦している。 だがそこへ、またも飛び込んでくる声。 ワイアット達だった。 思いもよらぬ攻撃に、さすがのハルモニア兵もたじろぐ。 挟まれたと気付いても、もうどうしようもない。 気付いたとて、逃げ場は無いのだから。 「今日は大量だな!!紋章持ってる奴は腕に傷つけんなよー!」 ワイアットは大剣を豪快に振るいながら笑った。 紋章を持っているハルモニア兵からは、有難くそれを頂戴する。 何事も無駄にしない。 それが炎の運び手のモットーだ。 前後ろから攻められ、だんだん疲弊していくハルモニア兵と商人達。 屈強な商人達も、今は地に膝をつけていた。 「とどめ、だな。行くぞお前らっ!祭りだっ!!」 現れたのは、戦神。 陽光を背負って立つ緋色の戦神は、棍を高く掲げて言い放った。 「俺たちがいる限り、グラスランドはグラスランドのままあり続ける!! 冥土の土産に持って行け! 俺たちは、"炎の運び手"だ!!!!!」 ハルモニア兵達は、あっけにとられた。 エン達が現れたのは、真上。 そう、崖の上だったのだ。 崖といっても、そう高くはない緩やかなものだったのだが。 身軽に崖を滑り降りてきたエン達、そして仲間達総勢によって、ハルモニア兵達は完膚なきまでに叩きのめされた。 後に残ったものといえば。 身包みをはがされた兵達と、空っぽの引く馬さえいない荷車。 何事も無駄にはしない。 炎の運び手のモットーを、彼らは身をもって知ったのだった。 エン達が帰ってからのビュッデヒュッケは、文字通りお祭り騒ぎ。 中庭では夜まで火が焚かれ、陽気な歌い声と笑い声が響いていた。 「今日は無礼講だぞーーー!!女も子供も飲め飲め!!」 笑いながら杯を傾けているのはエン。 仲間たちと火を囲んで、気分は上々のようだ。 今日あった戦果を報告しあい、笑いあう。 幸せな時間だった。 ワイアットはワイアットで結構ハイピッチで飲んでいる。 ゲドも、静かに飲んでいた。 「?お頭、どうかしたんですか?手なんかじっと見ちゃって。」 「あ?ん、いや。なんでもない。それより誰か踊れよ!」 「んじゃ俺踊りますっっ!!」 「バーカ!!男の踊り見て嬉しい奴があるかっ!」 あちこちから笑い声が上がる。 盛り上がった雰囲気の中、エンはもう一度手を見た。 『俺の手は汚れきってるけど・・・。 これくらいの幸せは、許してくれよな。』 グッと握り締めて、エンは棍を握った。 丁度いいから舞を踊ろう。 その手に武器を持って。 その心には信念を。 空高く棍を放り投げた。 今日は踊ろう。 全てを背負って立てるように。 誓いの舞を。 まぼろしの刃をその手に握り。 まぼろしの刃を、その心に宿し。 『--------追記。 今日はいい夜だった。 明日からはまたいつもと同じ日常だが、私はこの日を決して忘れないだろう。 彼の踊りが、目に焼きついて離れない。 美しい光景だった。 まるで一枚の絵画だった。 私は、今日この日を、忘れないと誓おう。』 ---------------------------------- 後に、この旅人の手記は一冊の本に纏められ、ビュッデヒュッケの書庫へと納められた。 運び手の日常を事細かに記したそれは、貴重なものだという事で厳重に保管された。 その本の歴史欄の中に、一つの日が記されている。 運び手達が、初めてハルモニアの一個小隊を破った記録。 それは小さな事だったのかもしれない。 だが、それを記した者にとっては、忘れえぬ日だったのだろう。 そして今その本を、一人の少年が読んでいる。 "炎の英雄"を、受け継ぐ少年が。 傍らには、あの黒衣の剣士が変わらぬ姿でそこにいた。 あの中庭から、今でも歓声が聞こえるような気がして。 その黒衣の剣士は、静かに窓を見下ろすのだった。 〜fin〜 |