まぼろしをそのに握り。
















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これより先に綴られる文は、ある旅人の手記の一部である。
その旅人はある盗賊団と出会い、その盗賊団が偉業を成し遂げるまでをその目に焼き付けてきた。

それでは、その旅人が記した手記よりその盗賊団を考察してみよう。


誰よりも自由で、
誰よりも気高く、
誰よりもこの地を愛した人々を。

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『今日の手記は少し短くなりそうだ。
何故なら、今日この日は盗賊団にとって大事な日だからだ。

そう、今日は祭りの日だ。
男も女もいきり立ち、大いに盛り上がっている。
本当に祭りを始めそうな勢いだ。

その中心にいるのは、他でもないあの緋色の少年。
手にした棍を高く空に掲げている。


私にはその光景が、昔爺様から聞かされた戦神のように見えた。
二匹の鬼を従える、炎の戦神。
まるで童話のようだ。

そうこう考えているうちに、移動が始まったらしい。
私はそれを手を振って見送る。

すると数人の若い男が、
"今度は俺達がみやげ話を聞かせてやりますよ"
などと言ってきた。

私は笑ってその男達に手を振った。


天気は晴天。雲ひとつない初夏の空だ。
今日この日が、歴史にのこるような日になる事を願う。

それでは今日の手記はここまでにしよう。
大して日頃つけている手記と長さは変わらなかったが・・・・。
まあ気にしないでおこうか。















まぼろしをそのに握り。














「うおーー。いるいる・・。同じ服でうじゃうじゃいたら気持ち悪ぃなあ。」

木陰に身を隠しながら悪態をつくエン。
ゲドもワイアットも同じ事を思っているらしく、反応は無し。

エンは相変わらずハルモニア兵を嫌そうな目で睨んでいた。






「お頭〜〜〜。先頭が移動始めたみたいっすよ!」

「おお!よっしゃ、先回りするぞ!ワイアット、ゲド、頼む。」


「任せとけ。」

「ああ。」













相手は総勢40弱。
辺境とまでは言わないが、あちらから見れば未開の地。
そんな所に商売に来る商人達なのだから、腕っぷしのいい者達なのだろう。
それに対してこっちは30。

どう考えても不利なわけだが。
そこは頭の使いようだ。





ひじょうに古典的な方法だが、エンはこの作戦に"挟み撃ち"を提案したのだ。
だが、それだけではまだ完全な勝利を得れる確立は低いと言えた。

あの会議でも言われた事だ。

だがエンはニヤリと笑ってこうのたまったのだ。







『まかせとけ。なんとかしてやるさ。』








それは彼の口癖のようなもの。
結局あの場にいた者達は、エンの作戦に同意した。
その理由とは何か。

それはハルモニアの隊が通ってくる場所にあった。














大体商隊はカレリアへの山道を通る。
そこは切り立った渓谷で、落ちれば命は無い。


つまり、挟み込めば逃げ場の無い場所なのだ。
エンはそこに目をつけた。









「ワイアット達はあの道を使って先行。ゲド達はあの場所で待機。
よっしゃ。お前らに精霊の加護あらん事を。」

「お頭も。風と大地の精霊の、加護あらん事を。」

「やはりカラヤやチシャの民は不思議だな。我らは精霊など信じないからなぁ。」

「クランもそれぞれって事だ。頼んだぞ、ピート。」

「ああ、任せろ。」






「ワイアット、ゲド!お前らにも精霊の加護あらん事を!!」

「おうよ。お前もな。」

「ああ。礼を言う。」













ゴツゴツした岩陰に隠れて、じっと息をこらす。
遠くから聞こえるのは、

鳥の鳴き声。
渓谷の風鳴り。

そして、轍。









『来たぞ・・。エモノ構えろ。』








エンの呟くような声に、仲間達が己の武器を握り締める。
だが、その顔には緊張は無い。

あるのは"祭り"の高揚だけだ。














ガラガラと車輪の回る音。それと一緒に、乾いた土を踏みしめる音。
エンはちらりとそれを見た。

青と白の統一された集団。
そして後ろをついてくる商人。






近づくたび、音が大きくなるたび、心はどんどん高揚していく。
これが"祭り"の意味。

失敗などするものか。
否、する筈は無い!!









渓谷を飛ぶ大きな鷹が、小隊達を掠めた。
















「かかれ!!!」














小隊達の後ろ。
ゲドと十人弱の仲間たちが飛び出してくる。

真後ろから攻撃を受けた商隊達は、大いに焦った。
助けてもらおうにも、ハルモニアの小隊は前を先行している。
しかも、すぐ隣は断崖絶壁。

助けも期待できず、逃げる事も出来ない。

思うように動けない商人達を叩き伏せていく。




慄いて逃げ出す者は無視した。
ゲドは荷車を確保するように伝え、いくらか屈強な商人に斬りかかる。
商人も武術の心得があるらしく、斧を振るい応戦していた。




一方ハルモニア兵も後方へ回り、商人達と応戦している。
だがそこへ、またも飛び込んでくる声。




ワイアット達だった。
思いもよらぬ攻撃に、さすがのハルモニア兵もたじろぐ。
挟まれたと気付いても、もうどうしようもない。
気付いたとて、逃げ場は無いのだから。




「今日は大量だな!!紋章持ってる奴は腕に傷つけんなよー!」


ワイアットは大剣を豪快に振るいながら笑った。
紋章を持っているハルモニア兵からは、有難くそれを頂戴する。

何事も無駄にしない。
それが炎の運び手のモットーだ。






前後ろから攻められ、だんだん疲弊していくハルモニア兵と商人達。
屈強な商人達も、今は地に膝をつけていた。












「とどめ、だな。行くぞお前らっ!祭りだっ!!」













現れたのは、戦神。


陽光を背負って立つ緋色の戦神は、棍を高く掲げて言い放った。










「俺たちがいる限り、グラスランドはグラスランドのままあり続ける!!
冥土の土産に持って行け!

俺たちは、"炎の運び手"だ!!!!!」











ハルモニア兵達は、あっけにとられた。

エン達が現れたのは、真上。



そう、崖の上だったのだ。
崖といっても、そう高くはない緩やかなものだったのだが。






身軽に崖を滑り降りてきたエン達、そして仲間達総勢によって、ハルモニア兵達は完膚なきまでに叩きのめされた。












後に残ったものといえば。





身包みをはがされた兵達と、空っぽの引く馬さえいない荷車。

何事も無駄にはしない。
炎の運び手のモットーを、彼らは身をもって知ったのだった。














エン達が帰ってからのビュッデヒュッケは、文字通りお祭り騒ぎ。
中庭では夜まで火が焚かれ、陽気な歌い声と笑い声が響いていた。





「今日は無礼講だぞーーー!!女も子供も飲め飲め!!」


笑いながら杯を傾けているのはエン。
仲間たちと火を囲んで、気分は上々のようだ。

今日あった戦果を報告しあい、笑いあう。







幸せな時間だった。






ワイアットはワイアットで結構ハイピッチで飲んでいる。
ゲドも、静かに飲んでいた。














「?お頭、どうかしたんですか?手なんかじっと見ちゃって。」

「あ?ん、いや。なんでもない。それより誰か踊れよ!」

「んじゃ俺踊りますっっ!!」

「バーカ!!男の踊り見て嬉しい奴があるかっ!」


あちこちから笑い声が上がる。
盛り上がった雰囲気の中、エンはもう一度手を見た。














『俺の手は汚れきってるけど・・・。
これくらいの幸せは、許してくれよな。』














グッと握り締めて、エンは棍を握った。
丁度いいから舞を踊ろう。






その手に武器を持って。
その心には信念を。














空高く棍を放り投げた。
今日は踊ろう。
全てを背負って立てるように。


誓いの舞を。




















まぼろしの刃をその手に握り。
まぼろしの刃を、その心に宿し。







『--------追記。


今日はいい夜だった。
明日からはまたいつもと同じ日常だが、私はこの日を決して忘れないだろう。

彼の踊りが、目に焼きついて離れない。
美しい光景だった。
まるで一枚の絵画だった。

私は、今日この日を、忘れないと誓おう。』













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後に、この旅人の手記は一冊の本に纏められ、ビュッデヒュッケの書庫へと納められた。

運び手の日常を事細かに記したそれは、貴重なものだという事で厳重に保管された。



その本の歴史欄の中に、一つの日が記されている。
運び手達が、初めてハルモニアの一個小隊を破った記録。

それは小さな事だったのかもしれない。
だが、それを記した者にとっては、忘れえぬ日だったのだろう。




そして今その本を、一人の少年が読んでいる。
"炎の英雄"を、受け継ぐ少年が。

傍らには、あの黒衣の剣士が変わらぬ姿でそこにいた。








あの中庭から、今でも歓声が聞こえるような気がして。
その黒衣の剣士は、静かに窓を見下ろすのだった。










〜fin〜