迷走・北の洞窟













「おおーい!ワイアット、そっちはどうだ!」


「駄目だ!完全にはぐれちまった!」


「くっそ・・・、してやられた!」
「少し落ち着け、エン。」
「けどよー、悔しいじゃねーか!」









しとしとと雨が降っていた。
さっきまであんなに晴れていたのが嘘のようだ。

ハルモニアから強襲を受けたのは、つい先刻。
ただでさえついていないというのに、これでは泣きっ面に蜂である。

仲間は散り散りになり、なんとか逃げ切った頃にはこの三人になっていた。






「まあ・・、あいつらはこんなとこで死ぬようなヤワな奴らじゃねぇけどさぁ。」

「心配か?」

「当たり前だろ!」

「怒るなよ、俺等だって心配さ。」

「・・・・・だが。」

「ああ。」





まずはこの状況をなんとかしないとな。





三人は揃って、溜息をついた。








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「やまねぇな、雨。」

「ああ。」

「鬱陶しい事この上ない。」

「まったくだ。」



ザァザァと降るならまだしも、雨はしとしとと降り続いて一向に止む気配を見せない。
おまけであたりは湿気でむっとした空気が立ちこめ、髪やら服やらが肌に張り付く。

とにかく、城へ向かって歩いていくしかない。
あの時の混乱で馬も逃げてしまったし・・・。
道中の距離を思うと更にげんなりするが、どうしようもない。


三人はとりあえず街道を外れて森の中へ分け入っていった。








「・・・・ん?」

「どうした?エン。」

「・・・・・洞窟か?あれ。」

「おー、洞窟だな。・・しかも結構でかそうだぜ。」




森に入って小一時間。
相変わらず降りしきる雨を鬱陶しそうに睨んでいたら。
目の前に、ぽっかりと口を開けた真っ黒い空間。

それは不気味に唸り声を上げて、今にも自分達を飲み込んでしまいそうだった。
まっくらで、底なしの暗闇。
恐怖と、けれど少しの興味がエンの心をくすぐった。



となりでワイアットとゲドがあきれたような目でエンを見つめている。
エンの視線はまっすぐ洞窟の奥の奥に注がれていて、そのココロは一目瞭然。








「なぁなぁ、ワイアット、ゲド。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・ガキ。」




キラキラと目を輝かせるこの英雄様に逆らえるわけもない。
二人を顔を見合わせため息をつくと、赤い背中に従って洞窟の中へと足を踏み入れたのだった。
















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「うっわーーー・・・。」

「酷いな、これは・・・。」

「・・・・・・・。」



その洞窟は炭鉱のようだった。
所々人の手が入れられていて、時折土壁にかかるランプが目に入る。
もっともそれは既に役目を果たしておらず、冷たく沈黙を守っていたのだが。

しかし問題なのはこの湿気。
雨が降っているせいなのか、洞窟の中はむせかえるような蒸し暑さだった。
じめじめとして更に気が滅入りそうだ。

閉口しながらも、とりあえずは一本道を奥へ奥へと進んでいく。






ふと。
ゲドが後ろを振り返った。






「?どうした、ゲド。」

「・・・・いや。何かが、いるような・・。」

「はぁ?」




ゲドの言葉に、ワイアットとエンはきょろきょろとあたりを見回す。
しかし何もいない。

聞こえるのは通り抜ける風の音と、したたる水滴の音ぐらいのもだ。
何もいないとわかると、エンは盛大に溜息をついて見せた。



「ったく、もうろくしてきたんじゃ・・」




ガゴッ。



「〜〜〜!!ってーーー!!!」

「年上には敬意を表せ。敬意を。」

「やなこった!!」






頭を押さえながら、ゲドを睨みつけるエン。
ゲドはそんなエンを無視しては飄々と歩いていく。


「ゲドッ、待ちやがれっ!!」






こっちも一発食らわせてやらないと気がすまない。
自分の棍を握り締めて駆け出そうとした、その時。



ぶにっ。



・・・・何かを、踏んだ。
なにか、やわらかくて、こう・・・ゼリーのような・・・。

恐る恐る、足元を見る。
そこには。

・・・・超ど級の大きさを誇る、ナメクジ。







「ぎゃあああああああああ!!!!!!!!」







世界を統べる紋章の力が、狭い洞窟の一本道で炸裂した。














「・・・・・・おい、エン。」

「え、ええ?」

「・・・紋章を使うときは、場所と状況を考えろ。」

「お前は俺達ごとナメクジを焼き払うつもりかっっ!!!!」


「だ、だってよ!
・・・俺、ぬるぬるべたべたしたもんは、いっっちばん!苦手なんだってー!」




青褪めてそう語るエンの右手は今も薄っすら赤く発光していて、今にも炎をぶっ放しそうだ。
これはヤバイ。

とにかくここを出なければ。
ワイアットとゲドは無言で頷きあった。




「エン、ここを出るぞ。」

「お、おうっ。」



ぐるりと振り返る。

振り返って。

・・・三人は神でも精霊でも何でもいいから、祈りたくなった。






「しししっ、真なる炎のもんっ・・!」

「こっ、こらエン!!押さえろーー!」

「ワイアット、エンの口を塞いでおけ!奥へ行くぞ!!」



そんなわけで。
うぞうぞと這い出してくる巨大ナメクジに追われて、三人は奥へ奥へと逃げるハメになったのだ。




幸い、ナメクジの移動速度は遅かった。
一本道を走って走って、気がつくと三人は開けた場所へ出ていた。

まるで窪地のような空間。
下のほうにトンネルのような入り口があるのが見て取れる。







「案外、これは吹き抜けになってるのかもしれんな。」

「だとすると・・・、湖の方に出るんじゃないのか?」

「ああ。船があればビュッデ・ヒュッケまでいけるかもしれん。」

「んな上手く行くかよ。」

「なら、戻るか?」

「・・・・・遠慮シマス・・。」






とりあえず下に降りる事に。
エンは身軽に斜面を滑り降りていく。

エンもワイアットもそれに続いた。




一番下まで降りきって、上を見上げる。
決してなだらかではない土の斜面の上に、自分達が通ってきた一本道の出口が見えた。

しかし。
いつ何時あの巨大ナメクジが追ってくるともわからない。
エンはかすかに身震いして、トンネルの入り口へ向き直った。



「よし、行こう。」

「・・・・待て。」

「え?」

「・・・・これは・・・・!」

「来るぞ!!構えろ!」





ぶわっと、風が起こった。
服が煽られ、ばたばたと音をたてる。

あのナメクジがぞろぞろと斜面を降りてきた。
そして、それほど高くない洞窟の天井に浮かんだ赤い竜。
あのナメクジ達が、主を呼んでしまったのだ。





「じょ、冗談じゃねえ!!!」

「!エン、魔法は・・」

「ゲド、これだけ広いんなら大丈夫だ!!」

「しかし、ワイアット!!」



「炎よ!!!!」






チカチカとあたりが輝いて、やがて炎と光に包まれた。

轟音。
爆風。



全てがこの空間の中で反響して、耳がキィンと音を立てる。
光が収まった時、あたりにいたナメクジは一掃されていた。

無造作に置いてあった木箱や木材が消し炭になってすこし燃えている。







「・・・やりすぎだぞ、エン。」

「いいじゃん、別に。」



ワイアットが水の紋章で消火活動をはじめた。
ナメクジは全部蒸発してしまったらしくて、跡形も残っていない。

ならば、あの竜は?


ふと見上げた先。
そこには、未だにその羽を広げて自分達を見下ろす赤い竜がいた。







「え・・・マジかよ!?」

「こいつは・・。」

「火魔法の耐性を持ってるのか・・?」





唸り声が反響する。
ゆっくりと首をもたげると、三人目掛けて突っ込んでくる。

よけきれないと悟ったのか、ワイアットがとっさに紋章術を発動させた。
赤い竜は水の壁に激突して再び舞い上がる。



「ったく・・・。面倒な事になったな。」

「こりゃ直接ぶっ叩くかぶった斬るかしねえと。」

「なら、ワイアット。お前に頼もう。」

「えーー!何で俺じゃないんだよ!!」

「お前の棍だと殺傷率が低い。
俺が雷魔法で地面に落す。頼むぞ、ワイアット。」

「おぉ、任せとけ。」

「くっそ、なんかムカツク・・。」

「あれだけ暴れておいて・・。」









ふぅ、と溜息をつく。
この小さな英雄に付き従ってから、一体何度目の溜息だろうか。

そんな考えても無駄な事を脳裏で数えながら、ゲドは詠唱を始めた。




ワイアットが、赤い竜めがけて走り出す。







「・・飛翔する電撃!!!」


直撃を受けたその体が、真下のワイアット目掛け急降下してくる。
ワイアットは相好を崩すと、つい、と体を少し横へ避けた。

どさり。
その落ちた体を、ワイアットは容赦なく二分した。

































「ごくろーさま。」

「まったくだ。何処かの馬鹿が洞窟に入りたがるものだからな。」

「ぐっ・・・。」

「ははっ、今回ばかりは返す言葉がねぇなー?」

「うるせぇワイアット!!!」











まったくもって、無駄な時間を過ごしたものだ。
洞窟を抜けきった湖のほとりで、ゲドは本日何度目ともわからない溜息をついたのだった。