人とは案外簡単に死ねるものだ。 例えば、 剣で心臓を貫く。 崖の上から突き落とす。 お茶に毒を入れてみたり。 火で、 水で、 雷で、 命は簡単に消えてしまう。 人と言うものは、かくも虚しい生き物なのだと。 『いいかい?エン。男はねぇ、人生の中で一つはでっかい事をして死ぬんもんだよ。』 『わかってるって、聞き飽きたよ。』 『本当かい?じゃあ、あんたは何をするのさ?』 『うっせえなあ、明日になったら考えるよ。』 -------------------------- 「お頭ーー?何してるんですかーー?」 「!!トリル、お前なんでココにいるんだよ!!」 「お頭探しに来たからに決まってんじゃないですか!!!」 「・・んだよ、ったく。用があるんなら、早くしてくれ。」 ビュッデヒュッケの城の裏手。 塀と塀の間にある薄暗い空間に、エンは座っていた。 真上から少し差し込んできていた陽は、もう傾きかけている。 エンに声をかけてきたのは、トリルという青年だった。 チシャでガキ大将をやっていた時に、一番小さくて、一番弱虫で、一番泣き虫だった奴だ。 時の女村長の息子で、エンはその村長によく叱られた。 並んで歩いている列の、一番後ろをチョコチョコと歩いてきた姿を、よく覚えている。 ちょっとからかっただけですぐに泣き出す弱虫。 でも、エンが"炎の運び手"を結成して、一番先にチシャから来たのも、トリルだった。 昔とは違う精悍な顔つきに、エンは彼の母である村長を思い出した。 そして。 戦いを経ていつのまにか、チシャの仲間の中で彼は一番信頼の出来る人物になっていた。 「お頭、こんな所でサボらないで下さいよ。こっちの身にもなってください。」 「うるせえなあ・・。俺にだって用があるんだよ!」 「どんな?」 「・・・・・お祈りとか。」 「精霊にお祈りを捧げるのは、日の出と日没だけです。 大体、お頭お祈りなんか一度もしたことないでしょう?」 「・・・・。・・・で、用は?」 「姐さん達とゲドさんとワイアットの兄貴がお頭の事探してます。」 トリルがそう言った瞬間、エンは大きく溜息をついた。 「・・姐さん達って、ステリア姐さんとロマナとサナか?」 「よく分かりましたね!!凄い剣幕でしたよ?何やらかしたんです。」 あの時は、酒を飲んでたからよく覚えてはいない。 ・・・ただ、べろべろに酔った足で、食器棚に大激突したのは覚えている。 後はそのまま外に出たから、後の事は覚えていない。 多分、食器が多大な被害を受けたのだろう。 ただでさえ人数が増えて大変なのだから、サナ達の怒りはごもっともだ。 怒ったら例え炎の英雄と言えども容赦はしてくれないような女達だから、 つかまったら酷い目にあうのは目に見えている。 「ワイアット達には執務押し付けて出てきたからなあ・・・。 あいつらも怒ってた?」 「はい。それはもう。」 「・・・やっぱなあ・・・。」 それから暫く、二人は傾き続ける夕日を見つめた。 「お祈りの時間だ・・・。」 「俺はしねえぞ。」 「兄貴はいつもしないでしょう?」 「・・・・・・。トリル、そろそろ行けよ。俺もちゃんと帰るから。」 「駄目ですよ。それにココの事、ゲドさん達にも一応ばれてますし。」 「・・・・マジ?」 「マジです。」 エンは再び、大きく溜息を吐く。 エンにとっては、ここは絶対に一人になれる場所だと思っていたわけだから。 それがばれていただなんて、イライラもする。 トリルは、そんなエンを見て小さく笑った。 「お頭は、昔からお祈りが嫌いだった。 大人達はハルモニアが来てからは、感謝の為に精霊に送る祈りを、叶うとも知れない身勝手な祈りに変えてしまったから。」 「・・・そうだ。だから俺はチシャを出た。」 「お頭はよく俺らに言ってましたよね。 "叶うかどうかもわからない祈りをする前に行動しろ、祈ったってハルモニアの兵隊が退く事は無い"って。」 「お頭は俺の憧れだった。強くて、かっこ良くて。 ・・・・でも、お頭だって人間だ。」 「・・・何が、言いたいんだよ。トリル。」 エンの肩が少し震えていたのは、見ないフリをした。 「ノーマ村長が死んだのは、仕方の無い事だったんです。 お頭は悪くない。」 震えていた肩に力が入った。 ギッとトリルを睨みつけて、叫ぶ。 冷静であろうとする心を裏切るように、頭には血が上っていく。 「仕方ないだと?仕方ないだとっ!?村長が死んだのはどう見たって俺のせいだった!!!!それを・・・仕方ないだとっ・・・?!」 「仕方ないじゃないですか!!僕達は今、戦争をしようとしてる!! そう思わなければ戦争なんて出来ない!!」 「それでも・・・それでも俺は、あの人だけは生きていて欲しかった!!」 エンは、グラスランドに生きる者と、そして自分の誇りの為に武器を取った。 そして、たった一人でも戦う事をやめなかった村長の為にもと。 そう思っていた。 チシャは武器を持たない村だった。 剣の代わりに桑を持ち、そうやって暮らしてきた村だった。 そんな村さえ、ハルモニアの支配に侵された時。 一人気丈に抵抗したのが、ノーマ村長だった。 しかし、村の人々はそんなノーマを受け入れる事が出来ずに、ハルモニアに従った。 ノーマ、そして息子であるトリルは、チシャを出た。 二人は、各地を転々とし、グラスランドがハルモニアに呑み込まれるのを見てきたという。 そして、運び手の元へやってきたのだ。 時は過ぎて、チシャが運び手への協力を表明した時。 ノーマは再び村長になった。 村の人たちの期待を、一身に背負って。 そんなノーマだったからこそ、エンは彼女を母のように慕っていた。 いつか、自分達だけのグラスランドを。 ハルモニアなんていない、昔のグラスランドを見せてやると、いつもノーマに話していた。 「約束した・・・。必ずハルモニアの連中を追い出して・・・。昔みたいなグラスランドを見せてやるって。」 「だからって・・・。そんな事を言ったって、母は帰っては来ないでしょう?」 「わかってるさ・・・!!」 「母は・・・真にグラスランドの平和を願っていました。 お頭。どうか、母の思いを絶やさないで欲しい。」 だんだん冷たくなっていく感触をリアルに感じながら。 ノーマはエンに言った。 『私達の想いを、絶やすんじゃない。』 そうだ。 自分は生きなければならない。 生きて、ハルモニアに勝つ。 自分の為に、 この戦いで死んでいった者達の為に。 「だからお頭。祈りましょう。」 「・・・ああ。」 「今ひと時。母の魂が安らぐよう。」 「・・・今ひと時、彼女の魂が安らかなるよう。」 「彼女の魂が、再びこの草原に還ってくるよう。」 「草原の風に運ばれて、天高く昇れるよう。」 ―――――――大地に還り、水に還り、風に還り、炎に還るように。 いつまでも祈ろう。 あなたが安らかに眠るまで。 鎮魂の祈りを。 |