「ならばカラヤクランは動かないという事か。」 「ああそうだ。」 ・・・朱い炎が、ゆらゆらと揺れていた。 「何故だ。」 「愚問だな。」 「・・・そうか。」 「どうだった、ワイアット。」 ゆっくりとした足取りで歩いてくるワイアットを見つけ、エンは腰をあげた。 答えを急かすと、肩を竦めるワイアット。エンは舌打ちして上げた腰をまた下ろした。 「カラヤも駄目か。勇敢な戦士の村ってのは嘘っぱちだったのかね。」 とたんに大勢に睨まれる気配がしたが、エンは気にした様子もない。 ワイアットもエンのとなりに腰を下ろすと、小さく溜息を吐いた。 「そう言うなよ。ここの族長だって馬鹿じゃないさ。」 「馬鹿になりきれない奴ほど馬鹿な奴はいないね。」 「そういうのを屁理屈っていうんだぜ、エン。」 「屁理屈上等!!それを理屈に変えればいいのさ。」 生意気そうに笑うエン。 そもそも今日ここにやって来たのは、カラヤクランの協力を仰ぐため。 それも先程失敗に終わった所だったが。 「よし。今夜もう一度、俺一人で話をしてくる。」 「やめとけやめとけ。ありゃテコでも動きゃしねえよ。 それにお前は人を怒らせるのが上手いみたいだからな。 確かに族長だけあって冷静な人だが、怒らせたら怖いぞ〜〜〜???」 「そんなのやってみなきゃわかんねーだろが。」 「いや、無理だ。」 「やる前から決め付けんな。俺はそういうのが一番嫌いだ。」 頑として引こうとしないエンに、今度は大きな溜息をつく。 つくづく面倒なリーダーを持ったものだと。 「・・・・もういい。好きにするといいさ。何があっても知らんからな。」 「ああ、ありがとう。じゃあ俺は宿屋に行ってるからな。」 宿屋に消えていく小さい背中を見ながら、ワイアットはもう一度溜息を吐いた。 その夜―― 「すまないが、もう一度族長殿に会いたい。取り次いでくれ。」 「その話はもう終わっただろう。いい加減にしろ。」 「これが最後だ。取次ぎを頼む。」 「・・・・族長は会う必要は無いと言っている。帰れ。」 「こちらには必要だ。会ってくれるまで俺はここを動かない。」 「お前いい加減にっ・・・」 言葉の応酬が続く闇夜。エンは族長の家の前で足止めを食らっていた。 そこにいたのは見張りの青年。誰かが止めなければ、一向に終わりそうにないやりとり。 憤慨した青年がエンに掴みかかった。 「いい加減にしろ!!ここはお前みたいなガキがのこのこ来るような場所じゃない!!!」 「なんとでも言うといいさ。だが俺は族長殿に用があってここにいる。・・・お前じゃない。」 射抜くような冷たい視線にたじろぎながらも、青年が再び言い返そうとした時。 「やめろ、ラグ。」 「ぞ、族長!!しかし・・・。」 「構わん。どうせこれが最後だ。さあ、見張りに戻れ。」 元の位置に戻った青年を見送ると、族長―――バチェルはエンに向き直った。 「大男の次は小僧か。今度は一体何の話をしに来た。」 「小僧じゃない、俺にはエンという名がある。」 「・・・・。まあ、いいだろう。入れ。」 「ありがとう、感謝する。」 一礼して中に入り、向かい合って座る。 エンは唐突に話を切り出した。 「カラヤクランの族長、バチェル殿。俺達と共に戦う気はまったく無いのか。」 「くどい。・・・それはもうお前の連れに答えたはずだ。」 「・・・ならば聞こう。 あんたは今のグラスランドをどう思う。 異国の兵に踏み荒らされ、全てを奪われていくこの地に何を思う。」 「・・・・・。」 「・・・一人のグラスランドを愛する男としてあんたに聞こう。あんたはこの地に何を思う。」 「それを聞いてどうする。」 「別にどうもしないさ。さあ、答えてくれ。」 まっすぐに彼の目を見据え、答えを求めるエン。 バチェルも真っ直ぐとエンを見据え、こう言い放った。 「日々の糧を得、育む場所だ。 俺が生まれ、育ち、死んでいく・・・・何よりも愛する場所だ。」 「ならば何故戦わない。何故その愛する地を取り返そうとしないんだ。」 一際大きな声で言い放ったエンに、バチェルの瞳が冷たく光った。 それは、嘲りの光。 「・・・・よく聞け、小僧。理想と現実は、いつの時代も大きく懸け離れているものだ。 お前のように理想をかざす者も少なくはない。俺もそのような気持ちを持った事はある。 ・・・・だが。理想とは適わんから理想なんだ。俺にはこのクランを守る責任がある。 お前が理想をかざすのは自由だ。・・・・だがそれに我がクランを巻き込むな。」 バチェルは一息に言い放ち、エンの言葉を待った。 エンはじっとバチェルの目を見つめている。 ・・・・・強い目だった。迷いもなく、翳りもない。 「・・・ならば、カラヤクランはハルモニアの属国に成り下がったととってもいいか。」 「・・・・。ああ、構わん。 村をできる限り守るのが、俺の出来る唯一の事だ。」 「・・・それなら聞くが、お前達は何故、未だに剣を持ってるんだ。」 嘲笑を含んでいたバチェルの瞳が、一瞬小さく揺らいだ気がした。 それに気付いたのか気付かなかったのか。エンは更に畳み掛ける。 「ハルモニアに“狩猟の為のものだ”と偽ってまで剣を握る理由は何だ!! ハルモニアの監視を掻い潜ってまで鍛錬している理由は何だ!!! 答えろ、バチェル!!!!!」 押し黙るバチェル。エンは高ぶった感情を隠さぬままに、バチェルに言う。 「それとも何だ。その剣は弱き民草の為に振るうものじゃなく、あの大国に従って、 弱き民草に振るう剣にでも成り下がったとでも言うのか!!!!」 エンにそう言われた瞬間、バチェルは体中の熱が一気に頭に集まるのを感じた。 激しい怒りと羞恥が入り混じる。 気付いた時は、エンの肩を思い切り突き飛ばして押さえつけ、 腰にあったはずの剣を突きつけていた。 「黙れ・・・!!!それ以上は我がクランへの侮辱とみなすぞ!!」 「・・・・戦う事をやめた戦士に誇りがあるというのか。」 「黙れ!!!!」 「今のあんたらはただのハルモニアの三等市民だ!!!何故この剣をあいつらに向けない!!?? 戦士の誇りを侮辱されて悔しいと思うのなら、 どうしてその誇りをかけて戦わない!!!!!!!!!!!!」 「・・・黙れっっっ!!!!!!!」 バチェルの握った剣に力が入った。首筋に当てられた刃先は、カタカタと震えていた。 その震えが怒りからなのか、羞恥からなのか、悲しみからなのか。 エンはただ黙って、この状況を甘んじて受けていた。 「もうお前達にグラスランドのクランを語る資格なんてない。 精霊と共に生きる権利もない。 カラヤは、今死んだ。 力が、誇りがあるのにそれを捨てたお前達が、 カラヤの戦士である資格なんてあるはずはないっ!!!!!!!!」 声の限り叫んだ後、喉元の剣が食い込む感触を感じた。 目の前には、たくさん感情が入り混じった、複雑な顔をしたバチェル。 エンが薄く開けていた目を瞑ろうとしたその時、 更に視界が暗くなったのを感じた。 「そこまでだ、族長殿。ここでこいつを殺したら、永遠にあんたの誇りは消えうせる事になるぞ。」 暗くなった視界に見えた水の色。 ワイアットだった。となりには、少しオロオロしている先程の青年がいた。 「おーーー・・・ワイアットじゃんか。何してんだ、そんな所で。」 「何してんだ、じゃねえだろうが。 心配になったんで来てみたらこれだ。本当にお前は人を怒らせる達人だな。」 ずかずかと遠慮なく入ってきて、当てられたままだった剣をバチェルから奪い取る。 エンを離し、座りなおしたバチェルの顔には、もはや怒りはなかった。 「族長殿、これはお返しする。・・・・あんたの“誇り”なんだろう。」 「・・・・・。」 バチェルは無言でワイアットからそれを受け取り、鞘の中へ収めた。 「族長殿。俺はもう何も言わない。だが、少しでも戦士の誇りがあんたに残っているなら、 炎の運び手はカラヤクランを歓迎しよう。」 「・・・誇りだけではハルモニアに勝つ事は出来ん。」 「ならその誇りを傷つけられて怒ってるあんたは何だ。」 「・・・・・。」 「もう話す事は無い。行こう、ワイアット。」 「・・・ああ。」 「・・・待て。」 外へ出ようと垂れ下がった布に手をかけた時、 先程まで幾度も聞いていた低い声が二人を呼び止めた。 「まだ何かあるのか。」 「一つ聞かせてくれ。仮にお前がクランの長だったとしよう。 戦えぬ女子供をどうやって守る。」 「・・・・皆、戦うのさ。男は武器を握り、女は飯を作る。子供だって出来る事はある。皆で、戦うんだ。」 「・・・・・正に理想だな。だが、不思議だな。お前が言うと、妙に納得出来る。」 バチェルが小さく笑った。嘲笑などでは、ないように見えた。 「村の端にある天幕へ行くといい。 ・・・その傷を診てもらえ。 ・・・・すまなかったな。」 「ああ、ありがとう。そうさせて貰う。」 二人が天幕の外へ出て行った先を、バチェルはずっと眺めていた。 外に出て、数歩歩いた先で、エンはいきなりへたりと座り込んだ。 「お、おい!?エン?どうした?」 「・・・・死ぬかと思った。」 「・・・・は?」 「・・・・怖かったっつってんだよ!!!腰抜けたんだ馬鹿!!!」 「・・・・・今頃かよ・・・。」 エンは今更ながら震えだした体をさすりながら俯いた。 エンだって人間だ。死ぬ思いをしたんなら恐ろしいと感じるし、逃げ出したくもなる。 あの時のバチェルの殺気は本物だった。本当に、"逃げる事"が出来なかった。 ただ、リーダーはいつでも、毅然とした態度をとるものだと、 決して弱い所を見せてはならない存在だと、分かっていたから。 「まったく・・・・。」 仕方なく、エンが落ち着くまでポンポンと背中を叩いてやっていたが。 それが原因で、堪えていた涙が溢れてしまって、余計に苦労するワイアットだった。 翌朝、バチェルが運び手に参戦する事をクランの者達に伝えた。 男達は色めき立ち、武器を掲げ、女達もその決定に強く頷いていた。 やはりここは、戦士達の村だった。 「しきたりに乗っ取り、我々は今一度剣を取ろう。 炎の運び手に、風と地と・・・炎の精霊の加護あらん事を。」 「感謝する。今この時から我らは友だ。存分に暴れてやろう。 カラヤの勇敢なる戦士達に、精霊の加護ある事を祈る。」 こうして、カラヤクランは炎の運び手に参戦した。 グラスランドの草原は、今日も穏やかに晴れていた。 「よし!!帰ったら宴だ!!!」 「どうせその用意は俺達にさせる気だろうが・・・。」 「本日のお宝、カラヤクランッ!!!!」 |