「なんだ、エンはもう寝たのか。」 「・・・ああ。」 月もそろそろ真上に来ようかという頃。 ワイアットとゲドは、草原の上で酒を酌み交わしていた。 「しかし野宿とはついてない。あそこでハルモニア兵に会わなけりゃ、今日中にビュッデヒュッケに帰れたんだが。」 「仕方あるまい。エンがあれではな。」 ゲドがちらりと視線を向けた先には、猫のように背中を丸めて眠る英雄の姿。 右手にはぐるぐるに包帯が巻かれていて、怪我をしている事が知れる。 起きている時のやかましさは何処へやら、くぅくぅと寝息を立てて夢の中へ旅立っているようだ。 「あーーー・・・・。ありゃ見張り交代になっても起きねえな。」 「・・・ああ。」 「・・・無理に起こすとこっちが死に目にあっちまうしな・・・。」 一度だけ、あまりにも寝起きの悪いエンを起こしに行った事がある。 十日連続朝の会議に遅刻していて、ワイアットもかなりキレていた。 乱暴に扉を蹴り開けて、ずかずかと寝室まで踏み込んで・・・・ 布団を引っぺがそうとした・・・・その瞬間。 目の前が真っ赤に光って、耳をつんざくような爆発音が轟いた。 つまり、自己防衛で真なる火の紋章が発動してしまった訳だ。 その後はとにかく悲惨だった。全壊した城主の部屋、巻き添えをくらった運び手メンバー。 そして何より憐れなのが、間近で火魔法(しかも真なる紋章)をぶちかまされたワイアットだ。 「・・・・・。」 ワイアットはあの時の事を思い出したのか、鳥肌を思いっ切り立てていた。 「しっかしまぁ・・・。こうしてると普通のガキだな、エンも。」 「英雄もまだまだ子供だと言う事か・・・・。」 眠るエンの顔を見つめるゲドは、珍しく笑みを浮かべているようだった。 まるで、子を見守る親のような・・・・。 ゲド・ワイアットは、よき参謀として、よき理解者として、よき友として、 いつもこの【英雄】の傍らにあり続けてきた。 彼の選ぶ道なら、迷わずに進む事が出来た。 ―――でも、こんなエンを見ていると、どうにも戸惑ってしまう。 エンなど、ゲド達から見ればまだまだ子供だ。 しかし、エンはこれまで、そんな事を微塵も感じさせないカリスマ性で運び手達を引っ張ってきた。 だから余計なのだろうか。 【英雄】である彼の、【子供】の部分に酷く戸惑うのは。 「・・・おいゲド。」 「何だ。」 「お前今こいつの事“守ってやりたい”とか思ってるだろ。」 「・・・・・・・。」 「図星か。」 にやにやと笑みを浮かべるワイアット。 ゲドは無視してエンの方を見つめ続けている。 「やめとけ。エンと俺達はいつだって対等さ。守りもしないし、守られもしない。 何よりあいつはそれを望んでいないはずだ。」 「・・・・・・。」 ワイアットの無骨な手が、エンの頭にゆっくりとのせられる。 感触を確かめるように二・三度撫でると、エンがくすぐったそうに寝返りを打った。 「エンは強い奴だ。強くて、強すぎて、俺達には弱みの欠片も見せようとしない。」 「強情な奴だからな。」 「ああそうさ。こいつは我儘で馬鹿だ。 ・・・・でも頭のいい奴だ。苦しくなったら、自分から頼ってくる。 ・・・・その時は、背中でも胸でも貸してやればいい。」 「・・・・・サナがいるだろう。」 「ああ、それもそうだ。」 草原に静かな笑い声が響く。 3人を見守るように星が瞬き、月が輝いた。 草原は、何処までも静かだった。 「・・・しかし何だ。」 「・・・・ああ。」 「「寝てると・・・静かなんだがな。」」 |