酒宴












風もなく、蒸し暑い熱帯夜。そんな夜、運び手のメンバー達は浮かれていた。
何故かと言うと・・・。




「ワイアット!!ゲド!!飲んでるかっ!!!」

「あーあー飲んでる飲んでる。ったく・・酒入ってねえくせにハイテンションだな・・。」

「仕方ないだろう。今回の獲物は特別上物だったからな・・・。」



・・・とまあ、彼らの会話通り、今日の“獲物”は上物だったからだ。
しかもハルモニア兵の中に神官がいて、高位紋章も奪う事が出来た。食料に金に紋章と来たら一石三鳥。
浮かれモードにも入るわけだ。

「んだよお前ら、もっと嬉しそうな顔しろよなぁ〜〜」

淡々とした二人が頭に来たのか。エンが机の上にあった酒瓶を奪い取って文句を言い出した。
堪らないのはゲド達だ。折角いい気分で酒を飲んでいたというのに。


「おいこらエン!!返せ!!」

「うっせ!お前ら今日の功労賞は誰だと思ってんだ!!俺のおかげで神官から紋章奪えたんだぞ!!」

「それとコレとは関係ねーだろ!酒も飲めねえガキがナマ言ってんじゃねー!」

「なっ、誰がガキだこのクソジジィー!!!」



「・・・・・。」



悪化していく口喧嘩に、ゲドは気付かれないように溜息を吐いた。
こうなったらもう誰にも(サナなら出来るだろうが)止められない。
殴り合いに発展しない事を祈るのみだ。


ゲドは傍観する事に決めた。下手に仲裁に入っても火に油を注ぐだけだからだ。


「・・・・。オイ、酒を一本持ってきてくれ。」




果てしなく続きそうな罵りあいの応酬を片耳にいれつつ、ゲドはグラスを傾けた。




「てめージジイの癖に酒なんか飲んでんじゃねーよ、ジジイなら茶でも飲め、茶でも。」

「自分が酒飲めねえからって俺にあたってんじゃねえよ。お子様はさっさと布団の中へ帰んな。」

「・・ってめえワイアット!俺の何処がガキだってんだ!!!」

「そうやってすぐにムキになるのがガキだって言ってんだ!!!」

「なんだと!?」

「お?やんのか!?」



ワイアットが腕まくりをしてドカッと椅子に腰を下ろす。



「やるって何をだよ。」


訝しげに聞いてくるエンを見て、ワイアットはニヤリと笑った。


「何って、決まってんだろ?飲みくらべだよ、飲・み・く・ら・べ。」

「・・・はあっ!?」


驚いたのはエンだ。もともと大きな目を更に大きく開いてパチパチさせている。


「なんだ?ガキじゃねんなら受けて立つよな?」

「うぅっ・・・・uU」




実の所エンは酒に弱かったりする。少量なら問題はないのだが、大量に飲んだ日には明日明後日が地獄になるのだ。




・・・・・・・しかし。










「どうする?断るか?・・・だよなぁ、まだガキだもんなーー?」


ニヤニヤしながらこっちを見てくるワイアットに負けるのが癪で堪らない。






「・・・・!!俺はガキじゃねぇぇーーーー!!!上等だぁ!受けてやろうじゃねえか!!!」

・・・・そう。英雄はアホだった。負けん気が強いと言えば良く聞こえるが
・・・・はっきり言って、アホだった。

「よっ!お頭男らしい!!!」

「リーダー!ワイアット!!程ほどにしとけよ!!!」

「おい、ありったけの酒持って来い!お頭達が飲みくらべするぞ!!!」




周りの男達が囃し立てるものだから、後戻りはもう出来ない。
幾分据わった目をしたエンは、ワイアットと同じようにドカッと椅子に腰を下ろした。


「ぜってぇー負けねえ。」 「はっ、ほざいてろ。」


後ろで静かに飲んでいたゲドも、ようやくこの事態に気付いたのか。
後ろを振り返ると、ワイアットとエンの座っているテーブルに大量の酒瓶。


「・・・ワイアット。」

「ん?何だ、ゲド。」

「・・・程ほどにしておけ。」

「わかってるって、ちょっと懲らしめてやるだけさ。」


ニヤリと笑う顔全体で『あのガキいっぺん泣かしたる』・・・なオーラを出しまくるワイアット。
ゲドはもう一度大きな溜息をつくと、自分のテーブルへ体を戻した。






「ワイアットめ・・・。大人気ない。」


ゲドはエンの酒の弱さを知っている。
だからこそ、溜息をつかずに入られないのだが。


『どっちもガキと同じだ・・・・。』


そんな事を思いながら、ゲドは再びグラスを傾けた。










「「「イッキ!!イッキ!!!!」」」




部下達のいっきコール。
ワイアットは、エンに未開封の酒瓶を一本ズイッとつき出した。



「さぁて、エン?部下達のコールに答えてやろうじゃないか。チシャの村特製のブドウ酒だ。まずは一本開けようぜ。」

「あーいいとも!!覚悟しろ!!」



勢いよく蓋を開けるエン。ワイアットも同じように蓋を開けて、臨戦態勢(?)に入った。


「よっしゃ。・・・じゃ、今日も我々に恵みを与えて下さる大地と風の精霊に感謝して・・・」




「「いざ尋常に、勝負っ!!!!!!」」




「「「おおぉーーーーー!!!!」」」










10秒後。二人の持つ酒瓶はものの見事に空っぽになっていた。










「どぅだ!!ワイアットォ!!!俺様の飲みっぷりは!!!」

「ヘイヘイ。いい飲みっぷりでございましたよ。」

「ははははは!!あったりめーよ!!」




あれから小一時間。
机の上のありとあらゆる酒を飲みほした二人。
ワイアットは全くといっていいほど変化が無かったのだが、エンはというと・・・。



「おいこらお前〜〜!酒持って来い酒ぇ〜〜〜!!」

「お頭!!飲みすぎっすよ!!!」



・・・ベロンベロンに酔っていた。へべれけである。
顔は真っ赤、呂律は回らない、極めつけは絡み酒・泣き上戸・笑い上戸をミックスした酒乱男のご登場だ。







「・・・ワイアット・・・。だからやめておけと・・・。」




「おー、ゲド。どうだ、面白い事になっただろう?」


ニヤニヤ笑いを崩さないまま、暴れまわるエンを見て満足気なワイアット。
ゲドは今日で何度目かわからない溜息を吐いて、『勘弁してくれ・・』と呟いた。



・・・と、いきなり部下の悲鳴が聞こえてきた。



「ん?何だ?」

「・・・・・。」






「ぎゃーーー!!お頭っ、しっかりしろー!!」

「リーダー!!」

「うぅ・・・・」






真っ先に近づいてきたのはゲド。続いてワイアットもエンの元に走る。
ぴくりとも動かないエンを見て、ゲドが一言。



「・・・・アルコール中毒だな。」










「・・・ワイアット・・・。俺は程ほどにしておけと言った筈だが。」




いつも無表情な顔に少しの怒りをのせ、バチバチと放電するゲド。

・・・それは怖い以外の何者でも無い。
何にでも無関心な男だが、エンに関しては感情を露わにする事が多かった。


「・・・落ち着けゲド。ここは屋内だ。草原じゃない。」


冷や汗を流しながら後ずさるワイアット。


エンを担いで一目散に退避する部下達。




「・・・・・。」










その夜グラスランドの人間は、雲ひとつない空に雷が走るのを目撃したらしい・・・・。