ほおずき










驚いたなんてものじゃない。
一瞬自分の頭がおかしくなったかと思ったぐらいだ。
だって。
だって、テッドがここにいるなんて。
自分の目の前にいるなんて、そんな。


そんな都合のいい事、あるわけないのだから。





















「ヤタ、ごめんっ、ごめんなヤタ!!!ごめん!!」

「テッド・・本当に・・テッド・・・?」

「俺がこんなもん渡さなきゃ・・お前、お前は・・!」







人が、集まっていた。
集まりすぎていたのがよくなかった。



ヤタの姿を認めるなり、少年はずぶ濡れのままヤタに縋り付いて来た。
折れるんじゃないかと思うくらいきつく背中を抱いて、なんども繰り返し謝った。

どよめく声など気にも留められなかった。
ただこの、布越しに感じる感触と冷たい温度がいつわりなどでは無いとわかり、愕然としていた。











「ごめん・・・ごめんなぁ・・。」

「・・・テッド・・。」



言葉にしてしまえば、もう止まらない。
謝罪を続ける少年を、ヤタは震える手で抱きしめ返した。




ああ、テッドだ。

この枯れ草色の髪も、声も、匂いも全部。
何もかもが懐かしい。

いよいよどよめきが大きくなっていくのがわかる。
離れなくてはいけない。
この背に絡む腕を引き剥がして、自分の為すべき事をしなければ。









「おい、何があった。」

「ヤタ殿?」







痺れるような思考に、二人の声が飛びこんで来る。
フリックと・・マッシュだ。

解放軍の副リーダー、そして軍主の登場。
ますます船着場のどよめきが大きくなる。


マッシュは眉を顰めて目の前の光景を見つめた。


二人の少年。
見知らぬ少年と、ヤタ。
ヤタは呆然と立ち尽くしていて、けれどその手は少年の背中にしっかりとまわされている。





「・・・フリック、あの少年をここに。
 すぐにヤタ殿から離してください。抵抗するならば無理矢理引き剥がしてもかまいません。」

「・・・?あ、ああ。」



マッシュが小さく、ぽつりと命令をこぼす。
彼の常ならぬ命令に少し不安を感じながら、フリックは急いで二人に近づいていった。




















「おい、何だか取り込み中のようだがそろそろ周りの状況を見てもらおうか。」



フリックは少年に向けてではなく、ヤタに向けて言い放った。
覗き込んだ瞳があまりにも虚ろで、まるで何も見えていない様で、正直戸惑いを隠せなかった。

悲しそうで、嬉しそうな、そんな感情をない交ぜにしたような表情だった。
少年の背中に回された手は小さく震えているし、顔の色は紙みたいに真っ白だ。



「・・・すま、ない。」



小さく吐息をともに吐き出された声。
ヤタは少年の背に回していた手をするりと下に下ろすと、ぐいと胸を押し返した。

ともすれば震えて使い物にならなくなりそうな声を必死に吐き出して、言葉を紡ぐ。
フリックは無言で少年の腕を取り、少しヤタから引き離した。






「僕は、解放軍の軍主になった。
 ・・・そして君は、帝国から逃げてきた。
 君を疑う事は、したくない。けれど、君が間者でないという保証はどこにもない。
 ・・私は軍主として、然るべき行動をしなければならない。」

「・・・・。わかったよ、ごめんなヤタ。」





少年は素直に頷いた。
フリックに腕を引かれ、マッシュの方へ向かう。
名残惜しそうな視線を感じて、ヤタはたまらなくなった。





























「・・・おい、取り敢えずは何処に置いとくんだ?こいつ。」

「私が後々行きましょう。今は・・地下の方へ。」

「・・わかったよ。」











少年とフリックが城内に入っていくのを見計らったように、ヤタがマッシュの元へ駆け寄ってきた。









「ヤタ殿。」

「マッシュ先生・・・。」



ヤタは、酷く困惑しているように見受けられた。
いつもの凛とした態度や眼差しは何処にも無く、唇を噛み締め俯いている。



「こんな馬鹿な事、あるはず無いんです。
 こんな・・こんな都合のいいこと・・。あれはきっと偽者です。
 テッドの格好をした間者です。
 先生、そうですよね・・・先生。」

「・・・ヤタ殿、それはまだわかりません。
 もしかしたら、あなたの言う”テッド”君が帝国から逃げる事に成功したのかもしれません。
 風の噂に解放軍を耳にして、ここにやってきたのかもしれない。」


「・・・・でも、でも。
 どうしても、信じられない・・。
 匂いも、声も、全部テッドなのに・・・。」













信じられない。
あの日、あの雨の日、傷だらけで笑っていたテッドと。
今日、ずぶ濡れで笑っていたテッド。



二人が同じ人物だと、どうしても信じられない。
あの雨の日の彼が鮮烈に脳裏に焦げ付いていて、はがれないのだ。

ヤタの中にあるテッドの記憶は、そこで途切れてしまっているのだ。




この手が、この目が、彼をテッドだと認識しているのに、心がそれに追いつかない。
そんな感じだった。











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背中にひしひしと感じる視線。
間違いなくアイツだ。

なんてこったよ。
あんな、あんな視線を向けられちゃあまるで俺が悪者だ。
軍師殿が人払いをしてくれていて良かった。

見ようによっちゃあ恋人の中を引き裂く悪漢・・・と、被害妄想だなこれ。










フリックは少年の腕をひきながら、せわしなく青くなったり赤くなったりしている。

そんな彼を訝しげに見る少年。
少年の空色の瞳が、くらく鈍る。




「おいあんた。」

「・・・・あ。ああ?お、俺か?」

「あんた以外に誰がいるんだよ。」

「・・・むかつくガキだな。何かあるのか?」

「ヤタに何があった。
 教えろ。包み隠さず、だ。」