ほおずき













湖の古城、その玄関とも言える船着場に小屋を構えて住む二人組。
タイ・ホーとヤム・クー。
日がなのんべんだらりと酒を飲み、釣り・博打に興じている、なんとも結構なご身分な二人組である。
こんなのでも一応108星の中の二人で、この船着場の一切を預かっていたりするのだが。

そんなわけで、今日もヤム・クーは小さく波立つ湖面に糸を垂らしていた。
いつもと変わらない、天気のいい暖かい午後だ。遠くにカクの町が霞んで見える。



「・・・・・?」



ヤム・クーは長い前髪の下で少し、眉を顰めた。

魚が逃げたのだ。
蜘蛛の子を散らすように、一気に四散していった。
訝しく思って、見渡しの良い湖面をぐるりと見やった。

遠く、本当に遠くだが。
湖面の水色に混じって、少し深めの青が見えた気がしたのだ。











「・・・おぉい、兄貴。なんか来ますぜ。」


小屋で酒を飲んでいるか、惰眠を貪っているであろう男に間延びした声をかける。
すると存外早く答えが帰って来た。


「んん?敵さんにしちゃぁ無防備だなぁ。」


のそのそと小屋から出てきて、ヤム・クーのとなりに立つ。






「・・・・おいおい、ありゃ子供じゃねぇか?」

「本当ですか?・・・よく見えないもんで。」

「間違いねぇや。よし、ちょっと行ってくるぞ。軍師殿に報告頼む。」

「はいはい、わかりましたよ。」







タイ・ホーは船着場の手漕ぎ舟を引っ張り出して力いっぱいこぎ始めた。
そこはさすが、タイ・ホーと言った所か。
舟は見る間にその子供と思われるものの浮かぶ場所に近づいていった。



「おい、大丈夫か?沈むんじゃねぇぞ!」




近づいてみるとよくわかる。
やはりそれは人間で、子供・・・少年のようだった。
重たそうな服は水に濡れ、体に纏わりついて少年の体力を無駄に奪っていっている。


濡れて飴色になった髪、深い濃紺の色。


タイ・ホーが舟の上から手を伸ばすと、少年は躊躇う事なくその手をとった。













-------------------



一方、同じ頃のヤム・クーは。
中々見つからない軍師殿を探して、あっちこっちを歩き回っていた。

絶対にいるであろうと踏んで行った彼の部屋はもぬけのからで、となりの部屋にいるマッシュの
弟子であるアップルも行き先など知らないと言う。


困った。
口をへの字にして立ち尽くしていると・・・






「・・・ヤム?何をしてる、こんな所にいるのは珍しいな。」

「・・あ、ヤタさん、丁度いい。」






偶然にも、偶然。
通りがかったのは他でもない、解放軍軍主ヤタ=マクドールだった。



「何、湖に・・?」

「はい。」


ヤム・クーは先程の出来事をかいつまんでヤタに伝えた。
ヤタは少し眉を顰めるが、すぐに船着場へと足を向けた。
キルキスの件があるからだ。

もし前回と同じような事ならば、早急に対応しなければならない。




「ヤム、すまないがマッシュ先生を探してきてくれないか。
 私は船着場に行く。」

「あ、はい。」



エレベータに乗り込む小さな背中を見つめながら、ヤム・クー。


『・・・また軍師殿を探さなきゃいけないのか・・・。』


この城の広さを考えると・・・ゾッとしない。
でもあれは軍主命令。
仕方なく、ヤム・クーはまたマッシュを探し始めたのだった。


















------------------
























「おい、大丈夫かお前!」

「・・・な、んとか・・。」

「水はちゃんと吐いとけよ。」



タイ・ホーの良く通る声が船着場に響く。
何事かと集まってきた人々の輪が、少しずつ大きくなってきている。

少年は呼吸を整えようと、息を吸ったり吐いたりしていた。




歳は15・6くらいだろうか。
少し童顔で、幼い感じも見受けられる。
水に濡れてぺったりと頬に張り付いた髪は、今は濃い飴色をしているが、
普段は枯れ草色に淡い金を混じらせたような色合いなのだろう。
青い服を重ね着て、肩にはかろうじてひっかかっているショール。
肘辺りで腕を覆う手袋が妙に目を引く。

腰には、短剣をひっかけていた。






「・・・で、お前さんこんな無理までして一体何を・・」

「・・・・・は・・」

「んん?」

「・・・ヤタは!!ヤタはどこだおっさん!!!」




・・・さっきまで地面に膝をついて、肩で息をしていたとは思えない。
バッと顔を上げてタイ・ホーの胸倉を掴むと、少年は容赦なく彼を揺さぶり始めた。

とは言っても少年は小柄だから、どちらかというと少年のほうが揺れていたのだが。







「こら、てめっ!助けてやった恩も忘れてなんてぇ態度だ!!」

「それは感謝してる!だからさっさとヤタを出せ!!」

「だぁっ!わけわからん奴だな!軍主殿に会いたいんならこの俺とちんちろりんの勝負を」



だんだんと話が横道にそれていっている。
このままちんちろりん勝負に雪崩れ込むと思われたが・・・。





「こらタイ・ホー!またお前はそうやってどさくさに紛れて・・」





人垣を分けてやってきた軍主の一喝。
ちんちろりんの勝負は泡と消えた。


タイ・ホーの体にすっぽり隠れてしまう少し小柄な体。
煩いほどにわめくその声は・・聞き覚えがあった。

タイ・ホーが残念そうに俯いて、ついと体をずらす。



青い空を湛えた瞳。
飴色がかった枯れ色の髪。
青で統一された服に、ひじまで隠れる手袋。






「・・・・・・な・・。そん、な・・。」


「・・・・・ヤタ、やっと、会えた・・・。」





「・・・・テッ、ド・・?」