黒耀












「よろしく。」



目を合わせるのも面倒で、顔なんて見ていない。
面倒くさそうにそう言って差し出した手は、案の定握り返される事はなかった。
怒っているだろうと思ったさ。
どんな顔をしているか、気になった。きっと悔しそうにしてるんだろう。
金持ちってのは無駄にプライドが高いもんだ。

そう思って顔を上げて、見えたその表情。
酷く、冷たい顔だった。











その時だけだ。アイツと顔をあわせたのは。
それ以来俺達は会話も交わさず、お互いの顔すら見ていない。
























―黒曜―
























「テッド君、おはようございます。」
「あ、おはようグレミオさん。」




今日もとりあえず、市へ向かおうと街を歩いていた。
市へ向かうにはちょうどマクドール家を横切らなきゃならない。
いつものように、庭で洗濯を干しているグレミオさんに挨拶してから市へ向かう。

ふと二階の窓を見た。
これまたいつものように、カーテンが隙間なく閉じられている。





「もう少し坊ちゃんに元気があればいいんですけど・・」



確かにそうかもな。
あいつは必要最低限しか家の外に出てこないらしい。
実際俺もここに来て二週間たつが、外であいつの顔を見たことなんか一度もない。

・・・・自分から見ようとも思わないが。




「自分から出てこようとしない奴を無理矢理引っ張り出しても、意味ないんじゃない?」
「そうですけど・・・テッド君」
「ストップ!・・俺はあいつの事嫌いじゃないけど、好きでもないんだ。
何度も言ってるだろ?」
「やっぱり・・仲良くして上げてはくれないんですか?」

「くどいよ、グレミオさん。」





グレミオさんが酷く残念そうな顔をしたのがわかったけど、俺は黙って足を進めた。
いつもこうだ。
会うたびに繰り返される会話。いい加減グレミオさんも諦めたらいいのにな。

後ろの方で、バタバタと洗濯物を再開した音が聞こえてきた。
















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「坊ちゃん?入りますよ?」
「・・・・うん。」




坊ちゃんはいつものように本を読んでおられました。
いえ・・・いつもというのは誤解を生みますね。

テッド君が来るまでは、もうすこし元気があったんです。
天気がよければ棍の練習をしによく庭へ出ていましたし、散歩にもよく出かけていました。



それがです。
テッド君がこの家に引き取られてからというもの、必要以外はまったく外に出なくなってしまって・・
彼が嫌いなのかと聞いてみると、






『・・・嫌いじゃない。でも好きでもないよ。
それに、彼は僕を必要としていないと思うから。』




そう答えるんです。
何度も食い下がってはみたのですが、ことごとく・・・です。

毎度ながら思います。
・・・本当に坊ちゃんは13歳なのでしょうか・・・。
自分で育てておいて言えたクチではありませんが・・・・。

もう少し、子供らしい部分を見せてくれてもいいのではと思うのです。
坊ちゃんには、ご友人が必要だと思うのです。











「・・・グレミオ?なに呆けてる。」

「は!?は、はいっ、何でしょうっ?」
「・・・あのね、用がないならそんな所でボケっとしているんじゃない。」
「いえ、いえ!用ならありますとも!!今日は天気もいいんですから、外に出てください!」
「・・・見たい本があるんだ。」



いつもの答え。
見たい本があるから、なんて。
坊ちゃんは嘘をつくのが下手です。今お部屋にある本なんて、一日で読めてしまう量なんですから。







「いいえ、いけません。今日こそは出てもらいます!」
「・・・グレミオ」
「何も言わせませんよ、坊ちゃん。さあ、グレミオはお部屋を掃除しますから!!」





今はテッド君も市に行っているはずです。
・・・よいきっかけになるといいのですが。

お叱り覚悟で坊ちゃんをお部屋から無理矢理追い出して、ドアを閉めました。
扉の向こうでうろたえる気配がありましたが、やがてそれも消えて・・・
バタン、と階下で音がしたものですから、安心して思わずへたり込んでしまいましたよ。

さて、掃除をはじめましょう。
案の定、カーテンをしめきった部屋はじめじめしていて茸でも生えそうな空気です。
・・・・とりあえず、窓を開けないといけませんね。













マクドール家の一人息子、ヤタ=マクドールの部屋の窓が二週間ぶりに大きく開かれた。