「いいか、テメェら。」 王子の外れ。 草木も眠る丑三つ時というやつだろう。 ボロボロの小さな屋敷に、人いきれが立ち込める。 各々、額に黒い布を巻き、黒羽織をはおっている。 「弔い合戦だ。」 低く、凛とした高杉の声に、皆は静かに頷いた。 一番後ろで、白銀が小さく揺らめいた。 -----------よいなき 走って、走って。 坂本が王子についたのは、もう日も沈もうかという時だった。 ボロ屋敷の中に入ってはみたが、誰もいない。 とりあえず王子に向かわねばならないという事に必死だった坂本は、ここにきてようやっと気付いた。 「・・決起集会は、夜じゃったの。」 「・・・・・・はい。」 「何でゆうてくれなかったが・・・・」 「わかってると思って・・・」 「・・・・・・・・・・。」 沈黙の中、カァカァと烏の鳴き声だけが虚しく響いた。 「かまんろう。高杉は口達者な奴やき、説得する方法を考えるがやきは、ぼっちりえいがやかぇ。」 「・・・・・・はい。」 決心のついた高杉を止めるのは、容易な事ではないだろう。 もしかしたら、言って無理ならと押し通られるかもしれない。 確かに・・・自分だって、仇を討ちたいという気持ちはある。 けれど。 けれど、自分は皆を護れるのか? この、側にいる少年や、怒りに燃え、相討ち覚悟で乗り込むであろう志士達を。 また仲間が死に、生きて残された仲間には憤りが降り積もる。 そんな連鎖は、ごめんだ。 坂本は静かに、俯いた。 「坂本さん。」 水面の静寂を破る小石。 小さな声が、坂本の耳に届く。 勘太の声だった。 「あなたは、仇を討ちたいとは、思わないんですか。」 今まさに、考えていた事だ。 坂本は少し目を細めると、勘太に向き直り、 「わしの考えが気になるかえ?」 そう言った。 勘太は居心地悪そうに居住まいを正すと、こくりと頷く。 「それはなぁ・・・・。内緒じゃ。」 「え、ええっ!?」 「おんしは優しい奴やき、いつかわかる日が来るはずやか」 坂本は笑みを浮かべて、勘太にそう言う。 勘太は、握り締めた拳を小さく震わせた。 「わ・・・わかりませんよっ!! 俺は仇を討ちたいです!!だって、だってあいつらは母さんと父さんを殺したんだ! それに今度は・・・皆まで・・! 坂本さんだって・・・!坂田さんや桂さん達が殺されたら、仇討ちを考えるでしょう!?」 勘太の激情に触れて、坂本は瞠目した。 まだ、12.3歳の少年。 天人に村を焼かれ、家族を殺され、彼はその瞳にどれだけの恨みと悲しみを刻み込んだのだろう。 彼が焼け焦げた村の中で一人泣いていたのを拾ったのは、高杉だ。 その時勘太は7歳。五年程前の話だ。 高杉だってまだその時、13.4歳だった。小さな子供を擁護出来る様な年ではなかった。 それでも高杉は、勘太を側に置き続けたという。 気紛れか、哀れみか。 そんな感情を持つ男ではないから、坂本にはそれが本当に不思議だった。 盗みもずいぶんやったという。 鬼兵隊を発足してからも、高杉は勘太を小柄な体を生かした任につかせた。 勘太もそれに応えて、高杉に尽くしていた。 二人の関係は決して不健全なものではないという。 言うなれば、兄と弟のようだと隊士達は話していた。 少年にとって鬼兵隊は、唯一無二の場所なのだ。 護るべき、場所だったのだ。 「答えてください、坂本さん! 僕らを止める理由は・・・何なんですか・・・?」 坂本には、答えられなかった。 それは自分の我が儘だから。 ただの、我が儘だからだ。 -------------------- 「銀時、起きろ。もう夕刻だぞ。」 「・・・・んぁ?もうかよ・・・ふぁーー・・ぁ。」 「・・・・馬鹿者!」 「あでっ!」 「さっさと用意しろ!!」 丁度その頃。 日も段々傾き始め、空には一番星が輝き始めていた。 桂は少々どころかとんでもなく寝起きの悪い銀時を、約束通りに起こしにやってきたのだが。 案の定というか。 銀時は起こしても起こしても、うつらうつらとしたままだ。 叩いても蹴っても一向にシャキッとしない。 桂は溜息を抑えられなかった。 「何だ、もう行くのか?」 「日暮殿。」 振り上げていた拳をおさめ、日暮に向き直る。 その隣で再び眠りに入ろうとする銀時を見て、桂はもう頭の血管が切れそうな思いだった。 そんな銀時に少し苦笑しながら、日暮は桂に小さな瓶を一瓶、手渡した。 「まったく、緊張感のない奴だ。」 「・・・・仰るとおりで。」 「桂、面倒だろうが世話をしてやれ。これは傷の痛み止めだ。 ・・・また、刀を振るうのだろう?」 「・・・わかりませんが。」 桂は小瓶を受け取り、曖昧に答える。 すると日暮はニィ、と目尻にいっそう皺を寄せていやな笑い方をした。 「止めるにしても、応じるにしても、刀を合わせるのは目に見えとろうが?」 「・・・・お見通しですか。」 「当たり前だ。」 嫌な笑い方をする人だ。 桂は日暮の笑い方が嫌いだった。 銀時を叩き起こして、夕暮れが沈まぬうちに診療所を出た。 足は、勝手に動いてくれる。 夕陽が、黒々とした山並みの向こうに沈んで行く度。 杞憂が、杞憂でなくなる気がしてたまらなくなった。 煌々と輝く真っ赤な夕陽はまるで不吉の予兆のようだ。 足元が次第に暗くなり、だんだんおぼつかなくなるのを感じながらひた走る。 銀時は知らず知らず、目を擦った。 「桂」 いつものふざけた仇名ではない。 「何だ。」 「目が乾く。」 「・・・俺もだ。」 走りながら、二人は瞬きをした。 濃い風が吹き付けてくる。 虫の知らせがやってくる。 目と喉がからからと渇いて、うなじがビリビリと粟立つ。 「銀時。」 「ああ。」 「杞憂ではないのだろうな。」 「・・ああ。」 会話はそこでプツンと途切れた。 何も交わす必要はない。 あとはただ、ひた走るのみだ。 今はまだ夕刻。 烏色の志士達が集まるのは、もうすぐだ。 |