しとしとと、雨が降る。 雪じゃない。 氷のように冷たい雨だ。 -------よいなき 「酷い雨やき。しゃんしゃん行くぜよ」 「はいっ。」 下忍池は、浅草と小石川の丁度真ん中あたりにある。 花三番、王子までは全力疾走で三刻程だ。 この時間内につけない事もないが、今は勘太が一緒にいる。 坂本は幾分か足の速さを緩めてひた走っていた。 はたはたと弱く降る雨を鬱陶しそうに見上げながら、砂利道を走る。 後ろからやや小刻みに水を跳ねる音がして、何故だか少し安心した。 厚い雲が太陽を遮ってしまって、一体今は何刻程なのか、それすらわからない。 ああ、否応にも焦るというものだ。 はたはたと雨が落ちる。 濡れた髪が頬に張り付いて、気持ち悪かった。 ------------------- 「雨、か・・・・」 見上げた空は重い灰色。 桂は小さく溜息を吐いた。 この季節の雨は、骨身に染み入るような冷たさだ。 雪のほうが、まだいい。 「ヅラ、待たせた。」 「かまわん。・・というか、ヅラじゃない。桂だ。」 縁側で空を見上げていたら、廊下の奥から銀時がやってきた。 どうやら治療が終わったらしい。 彼の両手は、大袈裟なほどに包帯でグルグル巻きだった。 「うっわー・・雨かよ。」 「仕方なかろう。」 仕方ないと言いながら、けれど桂の顔といったら酷いしかめっ面だ。 「高杉達、どこにいんだろうな。」 「・・・・・・・・・・・。」 「仇討ちなんざ、考えてなきゃ、いいけど。」 「・・・・・わからんな。」 寺にいた志士達は、多く見ても三十余り。 自分達が埋葬したのは10人だから、きっと今は20人程しかいない筈だ。 加えて負傷者もいるだろう。 高杉がそんな無謀な真似をするとは、思えない。 思えないけれど。 「怒りや焦りというものは、時に冷静な判断を奪う事も、ある。」 「・・・・・・・・・・・。決起集会所、行ってみるか?」 「・・・・・・・・・。杞憂ならば、いいがな。」 「・・・・。」 奇しくも、桂と銀時は王子に向かう事となった。 あの場所で集まるのは基本的に真夜中なので、暫くは日暮診療所で体を休めよう。 銀時の提案・・というか、我が儘で、出立は夕刻に。 桂は少し渋い顔をしていたが、銀時は気付かないフリをして彼に背を向ける。 夕刻まで寝床を借りて、眠っておこう。 再び廊下の奥に戻ろうとする銀時の背中に、桂の声が届く。 低く、小さな声。 「・・・・銀時、お前は、仇を討ちたいか。」 「・・・・・・・・・・・。」 二人とも、背中合わせのままだ。 「・・・・・・俺と、お前。高杉と、坂本・・・。揃えば、出来ん事もない。」 「・・・・・しねぇよ。」 「何故だ?憎くない訳は、あるまい。」 「・・・守りきる自身、まだ俺にはねぇよ。」 「・・・・・・・・。そうか。なら、いい。」 「ああ。・・・・おやすみ。夕刻にゃあ、起こしてくれよな」 「ああ。」 去っていく銀時を見送って、桂は再び空の灰を見上げた。 雨はひたひたと、縁側の端を濡らしている。 ふと。 思った。 「やはり・・雨の方がいいかもな。雪では、お前の姿が見分けられんよ。」 桂は、ぎゅっとこぶしを握りしめた。 -------------------- 丁度、昼ごろになった頃。 高杉は王子に向かって一人歩いていた。 傘を深く被り、歩く。 氷のような雨が肩や足元に染み入って、温度を奪う。 けれど高杉は、そんな冷たさなど微塵も感じていないように静かに足を進めていた。 ピリピリと空気が震える。 「・・・・・今、討たなきゃぁ・・いつ討つ?」 雨の中、一人ごつ。 応えてくれる者はいない。 今、高杉の足を動かしているのは 憤りと 焦りと 彼らが来れば成せるという確信めいた期待。 彼らはやって来るだろう。 自分を止めに。 さぁ、どう丸め込むかが問題だ。 達者な口上で、見事夜叉達を手の内に引き込んでみせようじゃないか。 誰とも擦れ違わない閑散とした田舎道。 高杉はくつくつと笑いが込み上げるのを止められなかった。 さあ、もののふの集う夜が来る。 |