【よいなき】














陽もすでに山の端にかかり、霜が溶けて来た頃。
銀時と桂は、下り坂の向こうにもうもうとあがる煙を見た。

















―よいなき―
















「・・・・遅かったのか・・?俺達は・・・」

「・・・・・・・」





目の前の惨状に、桂は声も出なかった。
小さな火がちらちら踊る。焼け焦げた木と、と嫌な臭い。
人が燃えるにおいがした。

銀時も、桂も、暫く呆然としたままそれを見つめていた。
ガランと音がして燃え尽きた柱が倒れる。
冷たい風と熱風が頬を撫ぜるのが、酷く気持ち悪かった。

桂は地に膝をつき、割れるほど地面に爪をたてている。
許せなかった。
道中、何度も諦めようとしていた自分が。
駆け下りながらどこかで、きっとあの二人がいれば大丈夫だと思っていた自分が。
自分などいなくても、彼らであれば等と、思っていた自分が。

許せない。
情けなかった。情けなさ過ぎて、涙も出なかった。







じゃり、と焦げた砂を踏みしめる音がして、桂が顔をあげる。
火もだんだん小さくなり煙が立ち込める寺跡に、銀時はゆっくりと近づいていった。












「銀時!!??」












桂が驚いて声を荒げる。
まだ相当な熱さであろう焦げた柱を、素手で持ち上げたからだ。

銀時は桂の声など耳に入っていないようで、無造作に柱や木片をどかしている。
見かねた桂が、銀時を止めに入った。




「銀時、何を無茶な事を・・!」

「・・・・・・見ろ。」

「・・・・・・!!」




銀時が、指差した先。
焦げて真っ黒になった壁や柱の間から、真っ黒な何かが覗いていた。
間違いなく、人の足。

桂は息を呑んで、それをまじまじと見つめた。
握り締めた拳。爪がぎしりと食い込むのを止められない。

一瞬、頭が沸騰したようにカッとなって、腹の底からどろどろとしたものが染み込んで来る。
けれどそれは、銀時の顔を見てすぐにすぅっと冷めてしまった。


銀時は桂と目があうと、少し困ったように、笑って見せたのだ。
















「・・・もう少し、時間が経ってからやろう。」

「・・・・・・ああ。」

「・・・本当に、無茶をする・・。銀時、手を見せろ。」

「悪ぃなヅラ。」

「ヅラじゃない。桂だ。」







銀時はへらりと笑って、桂に手の平を向けた。
手の平は酷い火傷でボロボロだった。

桂は深々と溜息をつくと、懐から手拭いを取り出し歯で細長く裂いて、緩めに銀時の手に巻いてやる。
応急処置だが、ないよりマシだと思ったのだろう。



「刀を握る手だろう。・・もっと大事にしろ。」

「・・・・わかってるって。」

「まったく・・・。・・終わったら、きちんと川に冷やしに行け。」

「・・・悪ぃなァ。」






銀時はへらりと笑ったまま、答えた。
















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木片に篭った熱も抜けきり、炭と化した頃。
銀時と桂は黙って、木の板や柱の残骸をどかす作業をはじめた。

二人とも無言のまま、手の平を傷だらけにしながら、ひたすらに繰り返した。
探し物を見つけてはそっと抱え、地面に横たえる。
ひたすらに、ひたすらに繰り返して。
冬の柔らかい日差しがゆるゆると真上に昇り、二人の足元に影がなくなる頃。

もとは境内であった焦げた土の上に、いびつに歪んだ黒い塊が、10個並んだ。









「・・・・苦しい思いをさせた・・。ゆっくり眠れ。」


桂は辛うじて見つけた5本の刀を脇に置き、手を合わせた。
銀時は桂の隣で、じっとしている。
北風がバタバタを羽織を煽って、銀時の視界から時折彼らを隠した。




「・・・・なぁヅラ、ここに埋めてやろうぜ。ここ、俺達の家だったんだからよ。」

「・・・・そうだな。」

「徹夜すりゃぁ、なんとか掘れるさ。」











桂は小さく「ああ」と答えて、寺の向こう、森を見やった。
寺には他にも大勢の志士達がいたから、後はきっと逃げおおせたのだろう。

高杉と坂本は無事だろうか。
いや、無事だ。

あんな根性の曲がった底意地の悪い奴らが、そう簡単に死ぬわけない。
例え自己完結であっても、少し胸のうちが軽くなった気がした。











「ヅラァ、襷掛けしてくれよ。俺苦手なんだ。」

「・・・お前は子供か。」












間の抜けた銀時の声。
桂はやっと、小さな笑みを零した。