【よいなき】













「ヅラッ。もっと早く走れねぇのかよ!」




まだ薄暗い。
かすかに濃紺の向こうから覗く、白く浅く滲む色はまだ弱い。

二人は走っていた。




「俺はお前みたいに体力底なしではないんだ!」

「じゃあ死ぬ気で走れよ!!」

「そのつもりだ!」








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俺たちの集団はそんなにデカくない。
志半ばで道を絶たれた者達が寄り集まって出来た集団だ。

武士を中心に、農民や商人なんかも混ざっている。
初めはあのバケモン共をからかって、うろたえる様を見ることが出来れば上々な、そんな集団だった。
小さな小さな集団だった。

それがどうだろう。
俺たちは何をこんなに必死に走ってるんだ。


そうだ。
成すべき事を成す為だ。

空から降ってきた化け物を退治する。
まるで何処かの三文芝居だな。
でも俺もまだまだ若ェんだ。夢くらいみさせてくれや。





ああ、吐いて吸う息はとても白い。
今は冬だ。








「ヅラ、お前、目いいだろ。なんか見えるか。」

「・・・まだ陽も昇りきってないからな・・すまんが見えん。」

「そうか。」











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ひたすらに走った。
陽の出が近い山道を、ひたすらに駆け下りた。
仲間の待つであろう寺までは急いでも二刻はかかるだろう。

俺には銀時が羨ましい。こんなにも真っ直ぐであれる男は中々いないんじゃないか。

間に合う筈などないと思った。
知らせが入ったのは今から二刻半も前だ。

俺はすぐに諦めのつく性格だと自分で理解している。
よしんば間に合ったとして二人で何が出来るか。
坂本や高杉、仲間達はまだ生きているのか。


俺はいつもこの白い背に憧れる。
振り向く事を知らない真っ直ぐな背中に。














俺が銀時と使いに出ている間の出来事だ。
見計らったように、寺を天人が襲撃した。




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「高杉ッ、銀時ら、まだ来ちゃーせんがか!?」

「来てねーよ!!」

「らぁてことや・・このままほんなら一刻も持たないやか!」




仲間の志士達を背に庇いつつ、坂本は刀を大きく袈裟懸けに切り払った。
寺の中には傷付いた仲間が大勢いるのだ。
ここを突破されるわけにはいかない。


切羽詰ったその声を聞いたのか、隣の高杉が小さく笑った。




「おいおい、泣き言か?坂本よォ。」

「泣き言らぁて誰がゆうもんかい!」

「ケッ」

















そうは言ったものの。
やはり状況は相当きついものだ。
高杉を筆頭に鬼兵隊が駆けつけてくれたから今も何とかもっているものの、
寺の中に避難させた志士達はもう半分以上になる。

何といっても、数で負ける。
天人側はとにかく数が多かった。




空は薄っすらと白んできている。
朝がきたのだ。

坂本は眩しそうに空を見つめながら、もう一度周りを見渡した。
寺の周りには廃墟が二・三軒ぽつんと建っているだけで、あとはまばらに木が生えているのみだ。
境内の裏側は小さなで森で、その向こうには隅田川が流れている。

見渡しのいい景色はほぼ天人で埋め尽くされていて、坂本は己の心が絶望感に染まっていくのを止められない。
どうやったって勝てはしない。
常ならぬ気の弱りように、坂本は戸惑った。

それでも刀を振るい続ける事はやめてはいけない。
やめてはいけないのだ。










すると、突然の出来事だ。
いよいよ白んできた空に、高い笛の音が鳴った。









「なっ、なんじゃぁ!?」

「てめぇら下がれ!!!大砲ぶっ放すぞ!!三郎!!」

「おぉ!!」














ドォン!!!!
















大きな筒が火を吹き上げた。
天人の集団のど真ん中で爆炎と悲鳴があがる。

もうもうと立ち込める煙の中、坂本は呆然としていた。
朝の霧と煙が混じり、完全に視界が白に包まれる。




「坂本、来い。」

「高杉かや?」

「あぁ。」











袖を引っ張られ、寺の中に引きずり込まれる。
中には負傷した志士達がひしめきあっていた。

戸に板をはり見張りをたてると、高杉は部屋の隅へ移動した。
いくら煙幕で天人が混乱しているとはいえ、すぐに押し入ってくるであろう事は容易に想像がついた。
皆黙って戸口を見つめ、刀に手を添えている。


壁の隙間から煙が入りこんでいるのを見ながら、坂本は高杉を見やる。
訝しげな視線で見下ろしてくる坂本に、高杉は小さく溜息をついて壁にもたれ掛かった。
懐から煙管を取り出し、火をつけるでもなく手元で遊ばせる。







「このままじゃ埒があかねぇ。一旦退くべきだぜ。」

「退く・・じゃと?怪我をしちゅう奴らはどうするがだ?」

「足に怪我を負った奴は、置いてくしかねェ。」

「高杉!!!おんし・・・!!!」

「ガタガタ言うんじゃねえよ、坂本。お前だってわかってる筈だろうが!」

「・・・やきとゆうて・・!ほがな事、わしにゃ出来ないきね・・・」




「・・・おい、辰馬よォ。」










高杉が自分を名前で呼んだのを不思議に思い、坂本は俯いていた顔を上げる。
視線の先には、燃え上がらんばかりの瞳と形相をした、高杉がいた。


胸倉を掴んで引き寄せ、坂本を睨みつける。








「テメェ、このままここで全員お陀仏になってもいいってのか?
ここで終わってもいいってのかよ!!」

「・・・・・わしは・・」

「俺は行くぜ。こんなトコで死んじまったら、銀時と桂に顔合わせられねぇ。」









高杉は坂本に背を向け、床の隠し扉に手をかける。
背中にいくつもの視線を感じ、高杉は振り返った。














「・・・・坂本。俺も平気ってワケじゃねェんだ。それはわかっといてくれ。」



















高杉の後ろに、鬼兵隊と志士達が続く。
負傷者の中でも歩ける者は他の仲間に支えられながら共に出て行った。

彼らは森を抜け、川を渡るのだろう。
あの辺りは反幕府・反天人勢力の強い場所だから、かくまってくれる所も多いはずだ。



煙が少しずつ寺の中へ入り込んでくる。

ドンドンと扉を叩き壊す音が聞こえ、パラパラと埃が落ちてきた。









坂本は、迷っていた。














「・・・・さかもと、さん。」

「おんし・・喋っても大たまかぇがか?」

「・・・高杉さんと行ってください。俺たちはどの道、助からない。」









床に伏せていた志士の一人が、掠れた声でそう言った。
10人程いる志士達の皆が皆、命に関わる怪我を負っている。

ある者は目を潰され。
ある者は片足をそのまま持っていかれた。
腹に風穴の開いた志士もいる。





なんと、痛ましい。
坂本は、目頭が熱くなるのを止められなかった。




扉を叩く音は更に激しくなっている。
いくら頑丈な扉でも、このままでは数分ももたない。










「行ってください、坂本さん・・!!」

「そうです、あんたは、ここで死んじゃぁいかんお人だ!!」



「みんな・・・・すまん。・・すまんのぉ。」






坂本は志士達が額に巻いていた鉢巻を、一人一人ほどいていった。
彼らの中には、既に事切れていた者もいた。

鉢巻を全員分外して、懐に収める。
床の隠し扉の板を外し中に体を潜らせ、坂本はもう一度彼らを見やった。


皆、安らかな顔だった。



















「みんなが分も、しっかと生きるきに!」















すぐ上で大きな足音と、小さな掠れた悲鳴が耳に届く。
床下を這いながら、坂本は歯を食いしばった。






銀時達が寺に着く、ちょうど一刻前であった。