【にびいろのよる】













戦場の空気は嫌いじゃない。
自分で言うのもなんだが、きっと俺にはお似合いだ。

俺はこんな時代に生まれた事を悲観しない。
血生臭い戦場に飛び込んだのは自分だ。
引き返してたまるもんかよ。



















―にびいろのよる―


















例えば。
例えば銀時を、戦場を駆ける一陣の風としよう。

戦場を駆ける夜叉は留まるという事を知らない。
駆けて、駆けて、ひたすら駆ける。



ならば彼は?























「渦じゃの。」

「渦・・・ねぇ。」

「あれにはの、みぃんな引き込きしまうんじゃ。」

「・・・・俺は引き込まれねぇよ?」

「・・・・わしもじゃ。」

「辰馬。お前の話す事は矛盾が多すぎだっつの。」

「そうかね?」

「そーだよ。」


















頭の真上でふくろうがほぅほぅと鳴いている。
山の端っこに引っかかった月は思いのほか明るくて、道のりは軽快だった。





敗戦だった。
からくも逃げおおせた銀時だったが、見つけた仲間は坂本だけだ。

桂も、高杉も、その他の志士も鬼兵隊もどこにも見当たらなかった。
焦ったって仕方ない。
今は夜だし、みな身を潜めているんだろう。

そう考えて、無理矢理自分を納得させた。


















「おんしも大概不器用けんど、あの男はもっと不器用ちや。」

「・・・ふーん・・。俺にはわかんねぇなぁ。」

「おんしみたいに外に出す事を知らんちや。
いつか箍が外れた時が、怖いのぉ。」








戦場の高杉はいつも楽しそうだ。
口角をあげて、漏れる笑い声を何度聞いたか。

血飛沫が飛べば風流だと言い、天人の死骸が連なる平原は絶景だと言う。

隊士と接する時とはとはまた違う高杉の顔。
血は人を狂わせるというのは、本当なのだろうか。


渦のように、巻き込み、全てを切り裂く。
鋭い眼光は銀時の足でさえ竦ませる。




撤退の合図が戦場に響き渡ったときの悔しそうなあの顔を、忘れられない。













「ヅラ、死んでねぇかなァ。」

「あやつがそう簡単に死ぬもんかぃ。」

「・・だぁよなーー・・・。」

「そーじゃ。あいたの朝になったら手分けしてさなぐしに行こうや。な?
心配しのうても、あやつらの生命力の強さはおんしがいっとう知っちゅうやお?」

「・・・・おぅ。」

「さぁて、寝いかをさなぐすかね。」























坂本はにぱっと笑うと、銀時の手を引いて歩き出した。
適当に見繕った大木の真下に座り込み、腰に刺していた打刀と脇差を隣に置く。


「二刻たったら交代やきな。」



銀時は夜番をまかせてさっさと寝入る坂本を横目に、月を見上げた。
まんまるで、綺麗で。
何だかべっこう飴が食べたくなった。

あいつもどこかでこの鈍色の月を眺めているのだろうか。


”・・酒が欲しいなァ”


こんな場面じゃなかったら、きっと一升瓶で月見酒と行きたい所だ。
翌朝はきっと二日酔いで地獄だろうけれど。

一人で飲む酒も旨いが、四人で飲む酒は格別旨い。










「飲みてーなーー。」

「・・・・・ぐー。」

「てめぇ交代の時間になって起きなかったらはったおしますよコノヤロー。」

「・・・・・・・ぐー。」



「・・・酒が飲みてぇ・・・・。」























帰ったら四人で酒を飲もう。
そしたら、敗者復活戦。

俺たちの居場所は、結局ここしかないのだ。







でも、もしいつか。
いつか俺たちが負けるか、天人がこの国から去ったとして。

10年後、20年後、俺にはどんな居場所があるんだろう。
あいつにはどんな居場所があるんだろう。






考えてみて、少し嫌になった。



















「ここより居心地いい場所なんて、あんのかねぇ。」



















血生臭いにおいと、死と隣り合わせの恐怖の毎日。
それでもここが最高の居場所だと思える。

だからこそとも言うべきか。
だってここにいれば、俺は飢える事はないんだから。
あるいは激しい衝動と、ある種の快感の虜になっているのかもしれない。

きっと奴もそうなんだろう。






















「なぁ、高杉よォ。」