【ほほえみ】












銀時の朝は遅い。
何もない日だと、それこそ太陽が境内の柿の木のてっぺんにかかるまで寝ている。

そんな銀時を起こすのは誰かというと、


「銀時ィ!!はよぅ起きーや!はや昼ぜよ!」

「銀時、早く起きろ。」(足蹴り

「・・・・・起きやがれ。」(踏みつけ




推して知るべしである。

それでも早く起きようとしない銀時は、かなりのつわものだが。
そんなわけで、今日も銀時はぐーすか寝ていた。

いつもならそろそろ、怒鳴り声やらが聞こえるのだが、今日は違った。














「坂田さん。」





コロコロと鈴の鳴るような声が、銀時の耳をくすぐったのだ。
紛れもない女の声。
いや、少女と女性の中間のような、曖昧で優しい声だった。



「おはようございます。」

「・・・・・・・。」

「いやだ、寝ぼけてるんですか?」

「・・・・・おはよ。」



腰辺りまで伸ばした黒髪が、薄桃の小袖に映えてとても綺麗だった。
銀時が寝ている布団の横で礼儀正しく正座している。



「今日は桂さん達がお出かけなので、私が起こすようにと。」

「・・・・あ、そう。・・何考えてんだヅラの奴。」



こんな女の子を男の寝所に入れさせるなんて。
あいつらも大概常識はずれだ。

銀時が渋い顔をしていると、女はくすりと笑みを零した。
あんまりにおかしそうに笑うので、銀時は首を傾げる。


「ふふふ。覚えてませんか?あたし、沙世です。桧神沙世。」
「・・・桧神沙世って・・。もしかして、桧神家のおひいさまか!?わ、悪い・・無礼だった。」
「よしてくださいな。おひいさまだなんて。」
「いや、しかしだな、何だってこんなトコいるんだよ?」



沙世と呼ばれた女は、またくすりと笑った。







「桂さんの、言ったとおり。とても面白い人ですね。」
「は・・はぁ。」
「昨日の事、何も覚えていないんですか?」
「昨日・・・・?」




昨日。
昨日は、確か・・・
そう。
天人の手下に成り下がった幕府が、天人に対抗する御家潰しを執り行って・・
それを俺たちは止めに行って。
前々から世話になってた桧神家にヅラと俺が向かった。

そこで、親父さんとお嬢さん、それに取り巻き十数人をどうにか助けて・・・


そうだ。






「この寺にかくまってんだったな。思い出した。」

「思い出しました?良かったです。」

「あー、多分糖分が足りてねーからかね、物忘れ激しいのは。」

「そうなんですか?」




沙世は驚いたように口に手をあてた。
何でも真に受ける素直な子だ。
銀時は少し顔をほころばせた。

蝉が姦しく鳴きはじめる。
銀時の思考も寝起きから醒め、少しづつはっきりしてきた。




「しかし、本当に悪かったな。
女の子一人でこんなトコ来んの、怖くねーの?普通。」

「いいえ。桧神家は元々武家ですし・・・。あの家で女は、母と私と・・あとお手伝いさんぐらいでしたから。」

「ふーん・・。」




その後、なんとはなしに世間話を続けた。
沙世の真っ直ぐさと無邪気さには、曇った心も洗われるような気がする。
女と話すのは久しぶりなもんだから柄にもなく銀時は照れていた。
最近はやたらと桂達がやる気らしく、のんびり町にも行ってられない。
あの坂本でさえ町に出られない様子で、毎日のように銀時に泣き付いてくる。
正直暑苦しくてたまらないのだが。






「あーー・・・そうだ。親父さんは?」

「父上は、桂さんの所です。
私達、今はここにかくまって頂いてますけど、ずっとという訳にもいかないでしょう?」

「そうか・・・で、出発はいつなんだ?」

「明後日です。」
「・・・そりゃまた、随分急だなあ。」

「長くいては、ご迷惑がかかりますから。」





沙世はふわりと微笑むと、両手を畳について、深くこうべを垂れた。






「坂田さん、昨晩は助け頂いて、有難うございました。
このご恩、けして忘れません。」


















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翌々日、沙世とその両親、その部下達は寺から出て行った。
沙世は振り返って銀時に手を小さく振っていた。


”また逢いましょう”


そう唇が動いたようにも見えた。







「銀時。」

「なんだよヅラ。」

「お前、あの子に惚れていたか?」

「・・・そんなんじゃねぇよ。」

「何や、違ったがなが?わしもてっきり惚れてるもんじゃと・・」

「そんなんじゃねーって言ってるだろうがこのモジャモジャ!」

「・・・顔が赤いぜ、銀時よぉ。」

「うっせーーーー!!!」









その後暫く、銀時が同志達にからかわれたのは言うまでもない。