今更だが、俺たちは武士だ。 刀一本、身一つで天人の軍団に立ち向かっている。 それは一言で言うと無謀としか言いようのない事で、それでも彼らが戦うのはこの町が好きだからだ。 この江戸が。 刀を腰に差し自由に歩ける、自分を誇れるこの町が好きだからだ。 「高杉。」 そう呼ばれた男は、酷く鬱陶しげに振り向いた。 振り向いた先には、黒髪の男がいる。 男が口を開く。 「坂本と・・あと、銀時を知らないか?」 「・・知らねぇな。」 「・・そうか。」 「・・・なぁ、桂よぉ。言いたい事があるなら、はっきり言ったらどうだ?」 「・・・・・・」 「黙ってねぇでさっさと言え。」 差し込む朝日はまだ柔らかい。 まだ少し肌寒さが残る季節だ。 朝露がポタリと音を立てて落ちる。 静かな朝だった。 桂は大きく息を吸い込んで、ただ一言。 『引き摺るな。』 そう言って背を向けた。 高杉は苦虫を噛み潰したような顔をして、その背を睨んでいた。 ある朝の出来事。 高杉の内の黒い獣が、頭をもたげた朝だ。 ------------------- 「なあ、銀時ィ。いつまでここにおるつもりなちや?」 「さぁ。」 「・・・ひやいと思ったらはや朝じゃ。風邪引きゆうよ?」 「大丈夫。」 「・・銀時。寺に帰るがでよ。」 「俺はここでこいつらを待つ。」 「・・・あと二日も、飲まず食わずでここにおるつもりながか? お役人にでもめっかったら面倒ぜよ。」 霧の立ち込め、木が乱立する場所。 小塚原に、二人はいた。 銀時は座り込んで、膝を抱えている。 彼の前には八つの目が開かれていた。 みな、見開かれ、白く濁り、走る血もなく、ただそこにあった。 朝露に濡れて、地面から覗くのは紛れもなく人の手だ。 打ち捨てられ、薄く土を被っただけのその肢体は酷い有り様で、思わず坂本は目を逸らす。 この寒さでもツンと鼻にくる臭いは、目の前の光景と相俟って尚のこと吐き気のするものだった。 銀時はただ見つめていた。 朝露に濡れるのも構わず、地面に座り込み、膝を抱えて。 腐りかけた木の台に並べられた、四つの首を見ていた。 「・・・なぁ、寒いか?おめーら。 悪ィなあ・・。あと二日したら、寺に戻れるからよ。我慢してくれ。」 四対の目を見上げながら呟く銀時は、どこか狂気じみていた。 坂本は銀時のとなりにしゃがみ込むと、その頭にポンと手をおいた。 銀色の綺麗な髪は坂本と同じくせっ毛で、あっちに飛んだりこっちに飛んだりしている。 坂本は目を少し細めて、銀時の頭をゆっくり撫でた。 優しい声音で、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 「銀時、いぬるぞ。・・おんしが風邪なんか引いたら、あいつらぞうをもむよ?」 「・・・・・・・」 「酷い顔やか。 ほら、泣きぃな。泣いちょったらお天道様も隠れてしまうやか。」 「・・・・・っ、うるせーよ、バカ本ッ。な、泣いてなんか・・!」 「おうおう、そーか。ほんならいぬるがでよ。 小塚原で泣いちょると鴉が来るってゆうからね。」 「・・・・」 「なんちゃーがやないぜよ。あいつらじゃったらちゃぁんとお天道様のとこ、いける筈やか。」 「・・そっか。」 「そうぜよ。」 ---------------------------------- 友人の首が並べ晒される様は、いくつになっても慣れるものではない。 銀時の内には虚しさが。 高杉の内には憎しみが育った。 「なぁ、ヅラ。」 「・・ヅラじゃない桂だ。」 「まぁまぁ。あの二人、どうしたもんかね。」 「放っておくより他、ないだろう。」 「・・・そうろうか。けんど高杉の奴、かぇり参っちゅうようじゃな。」 「銀時もだがな。高杉には”引き摺るな”と、言っておいたが。」 「ああ、そりゃあいかんって話や。 奴はどこまでも引き摺るろうなあ。ああ見えて部下思いな奴やき。」 「銀時は大丈夫だったのか?」 「んーー・・・。ちっくと危ない感じじゃったけど・・ちゃんと泣けちょったがしな。 なんちゃーがやないろう。」 「そうか・・・・。」 「これからやって行くんじゃったら、いっさんは通らんといかん道じゃ。 ・・・ヅラ、おんしもいまのうちに慣れちょき。」 坂本の言葉に、一瞬桂は目を見開いて。 困ったように頷いた。 坂本にはやっぱりかなわない、なんて思いながら。 |