【くるうおに】












「そうじゃなぁ。銀時が白夜叉なら、高杉は鬼神ってトコろうなぁ。」

「・・・・まったくだ。あんなに楽しそうに刀を振るう男は初めて見た。」

「おお、怖い怖い。恐ろしいのぉ」

「ああ。・・・恐ろしいな、本当に。」











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「はぁっははは!!!弱ェ、弱すぎるぜ犬どもがぁっ!」


空高く犬の首が舞い、人の体が地に伏せた。
とめどなく流れる血は地面をしとどに濡らす。

地面を踏みしめた草鞋が血を吸って、真っ赤に染まっていた。




高杉は戦場の空気が好きだ。
どんより重くて、それでいて全てを切り付ける鋭い何かがある。

生臭い血のニオイと草いきれが混じって、ツンと鼻をつく。
けれど高杉にとってそれは、自分を高揚させるもの以外の何ものでもなかった。




「高杉。深追いしすぎじゃねぇの。」
「あぁ?犬どもをぶっ殺すだけだろうが。深追いもクソもあるか。」
「・・・高杉、少し頭冷やせよ。坂本もヅラも撤退してる。
 あとは俺んとことお前の隊だけだ。
 
 潮時だ、退け。」

「・・・帰りてぇ奴は帰えりゃいい。俺はまだ足りねえんだよ。」

「オイコラ高杉ッ!待ちやがれ!!」




全身、白い色を纏った男。
白夜叉こと銀時の言葉には耳もくれず、高杉は戌亥族の集団へ足を向けた。

ギラギラした目は真っ黒く不気味に輝いていて、一瞬銀時を怯ませた。
血を吸って重くなった羽織を鬱陶しそうに翻すと、高杉は銀時に背を向ける。





「思想だの戦略だの、俺の知ったこっちゃぁないね。
 俺は俺が楽しけりゃそれでいい。」

「・・・・・・・。」

「なぁ、銀時よォ。お前もそうじゃねぇのか?」







銀時は、答えられなかった。







「てめぇら、さっさと寺まで帰れ。あんな犬どもに殺られたりしたら許さねぇぞ。」

「し、しかしっ、高杉さん・・」

「言っただろうが。足りねぇんだよ、俺は。」



高杉は銀時や隊員にそう吐き捨てると、後ろを振り返ることもせず走って行った。


血をみると疼く。
この手が、唇が戦慄く。
そんな感情は銀時にも少なからずあった。

けれど高杉は異常だ。

あの暗い喜びと愉悦に満ちた瞳。
まるで狂人だった。





「お前ら、先に戻ってヅラに報告しろ。俺は高杉止めに行く。」

「は、はいっ!御武運を、坂田殿っ!」

「おめーらもな。」






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「くそ・・っ、つまらねぇ!!クソ犬なんざ何匹殺しても足しになんかなりゃしねぇ!!」



高杉は無造作に刀を払い、襲ってくる戌亥族を切り払っていた。
満たされない何かを求めるように、切り払い、切り伏せる。

水を求める魚のように、高杉は何かに飢えていた。



「高杉!!!」



そんな時不意に目の中飛び込んできたのは、血濡れの白銀。
どうしようもなくイラつくのが自分でもわかる。

奴はお節介焼きだ。
自分のこととなると誰にも触れさせようとしないのに、仲間の事となるとお節介を焼きたがる。
いつもボーっとして甘いもんばかり食べてるのに、刀を振るう腕は誰にも負けない。




高杉はそんな銀時の事がずっと、




「・・・・・・・・。」





ずっと、疎ましくてしょうがなかったのだ。











「なぁ、銀時ィ。俺と手合わせしようや。
 犬を斬るのはもう飽きた。」

「・・・高杉?何言って・・・」

「一度でいいから死合ってみてぇとは思ってた。
 ヅラと坂本のせいで適わなかったがな。
 今なら誰もいねぇ。犬どもも殺しきった。

 なぁ、殺しおうぜ・・・・銀時。」




じゃり。
高杉の草鞋が地面を強く踏みしめ、じゃりじゃりと音をたてた。
血濡れで鈍い光を放つ刀身は真っ直ぐ銀時に伸び、そのまま近づけば喉元に喰い込みそうだ。

銀時は目を見張り、溜息を一つ、ついた。



「くだらねぇ。・・・俺とお前が死合う必要なんざねぇだろ。」

「必要?お前こそ何言ってんだ。
 やりてぇからやるんだよ・・。それ以外に何がある?」


「・・高杉、お前なんかおかしいぞ。」






高杉はいつもおかしい。銀時にとってはそう思える。
けれど今日は殊更におかしい。

瞳にうつるのは狂喜と殺意だけだ。
純粋に強い相手を求める、もののふの眼だ。


銀時はついに、刀を抜いた。





「そうだ・・・それでいい、銀時。」

「・・・高杉。」

「存分に殺しあおうぜ。」





























「そこまでや。」












すすき野原の向こうに、二つの影。
よく通る声に、二人は動きを止めた。






「そこまでや。それ以上やったら、なんぼおんしでも許さんぜよ。」

「坂本ォ・・ヅラ・・。てめぇら、邪魔をするかぁっ!!」

「阿呆ゆうな!!いかんな命のやり取りばぁ下らんもんはない!
 ・・銀時、こっちかざで。」

「辰馬、ヅラ、なんでここに。」

「帰って来た志士達が教えてくれた。
 まったく・・・部下を放っておくとは。」






高杉は酷く忌々しげに桂と坂本を見た。
この滾る血をどうしろというのか。

喉にひっかかって中々外に出ない異物を、体たくさんに抱え込んでいるような感覚だ。
今度は違う感情のせいで体が熱くなる。
怒りだ。







「銀時。ああなった高杉からはざんじに逃げて来いとゆうたはずけんど?」

「アホ。放っとけるか。」

「・・・・難儀な奴よな、おんしも。
 ほいたら、あいつどうするぜよ、ヅラ。」

「・・・一発殴って目を醒めさせればよかろう。
 行ってくる。お前は銀時と先に行け。それから俺はヅラじゃない、桂だ。」

「ほいほい、わかったが。ほいたら行くがや、銀時。」


















「待ちやがれ銀時ィ!!逃げるのかテメェっ!!!」

「お前はガキか!暫く眠っていろ阿呆が!!!」







絶対、いつか死合ってやる。
体の熱が急速に醒め、意識が霞がかっていくのを感じながら、高杉は決意した。