【くれないしんげつ】



















両国の川が赤く染まる。
凶夜の惨劇が、始まる。
























「・・・・・死ね・・!!!」





ズッ
何かが引き抜かれる音が、響く。
続いてビシャビシャと水音が聞こえ、どうと何かが倒れた。

生暖かい感触を頬に受けて、白夜叉は小さく肩を強張らせた。










「銀時・・・・」

「全部、殺してやる。」

「・・銀時!!」

「殺さねぇと、俺らが死んじまうんだよ!!」








それは酷く、無様な叫びだった。
手はガタガタ震えているし、歯はかみ合せがあわないみたいにガチガチ鳴っていた。




目の前の背中をじっと見る。
ぼんやりと白く滲む背中は小刻みに震えて、坂本の目には痛々しくうつった。
この背中は、戦場にはまだ幼すぎる。

退かぬ、護りたい気持ちと、恐怖で竦む気持ちが葛藤する。




なんと不甲斐ない。




坂本は、臍を噛む思いだった。











「いたぞぉぉ!であえ、であえぃ!!!」

「・・・っ!!辰馬、そこにいろ、絶対に、見つかるな!!」

「銀時!!!待たんか!」

「・・大丈夫だ。」





一瞬だけ振り返った銀時は、引きつり気味だけれど笑って、そう言って見せた。
坂本を安心させようとでも思ったのだろうか。

きっとそれが、今の銀時の精一杯だった。















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「高杉さん、松明が見えたのってどのへんですかい?」

「・・・やべぇ、聞くの忘れたぜ。」

「・・・高杉さん、あんたってぇ人は・・」

「・・うるせぇ!川沿いに走りゃあ見えてくるだろ。オラ、きりきり走りやがれ!」

「へいへい。」





両国橋のかかる隅田川。
高杉らは川沿いに走っていた。

灯りはつけず、記憶のみで辿る道だ。
踏み鳴らされているとはいえ、大通りではない砂利道は何度も彼らの足を掬った。


足を休める事はせず、高杉は今朝の事を思い出していた。
銀時や坂本とは、出会ってからそろそろ半年程はたつ。
そろそろお互いのいい所や悪い所が見えてくる頃だ。

坂本は馬鹿で熱血漢だが、中々頭が切れる。人望も厚い。
桂は見ての通り。冷静沈着で策士で、ヅラだ。

けれど、坂田銀時。
奴だけは、掴めない。
中でも解せない事は、戦の合間に見せるあの怯えだ。








「・・・チッ。」

「どうしたんだい、高杉さん。」

「・・・何でもねえ。それより灯が見えたぞ。気ィ抜くな。」

「えっ!?あ、本当だ!!皆、行くぞォ!!」

「おぅ!!」




















砂利道から逸れ、高杉達はバラバラに廃屋の影に潜んだ。
そして、誰もが息を呑んだ。

輪になった天人。
はみ出しているのは、死骸だ。

ひっきりなしに聞こえるがなり声と悲鳴と、それから雄叫び。



ぞくりと背筋が粟立ったのがわかった。



中心にいるのはきっと、あの白い獣。
白夜叉だと。

誰もが理解した。



















高杉は屋根の上へ登ってそれを見ていた。
中心にいるのは、見間違えようもない。銀時だった。
一心不乱に刀を振り回して、形振りなんて構ったもんじゃない。

平素と違う所といえば・・羽織が血に染まっている事くらいだ。
坂本は、どこにも見当たらなかった。




とりあえずこの状況をどうにかしないといけない。
思っていたより良くないこの戦況に苛立ちを隠せない。

高杉は自分の打刀を抜き切ると、声を張り上げた。









「突き崩せ!!!!!!」

「おぉ!!!!」


























突然響く声。
天人でも、幕府の武士でもない。







「高杉か・・!?」

「銀時ィ、情けねぇなぁ!!坂本はどうしたよ!」

「っ・・!後ろの小屋ん中だ!誰でもいいから行ってくれ!!怪我、してるんだよっ」

「あぁ?・・情けねェ。おい勘太ァ!行って来いや!!」

「は、はいっ!!!」








高杉達が切り込んできたおかげで輪は崩れ、一気に乱戦状態になった。
鬼兵隊の隊士がすれ違い様に”大丈夫だったか”とか”もう大丈夫だぞ”なんて気遣ってくれた。
高杉が率いてるとは思えない、気のいい奴らだ。

高杉も屋根から降りて、銀時の傍に寄ってきた。







「てめェ、何しくじってやがる。こっちはとんだ迷惑だぜ。」

「・・・・悪ィ。」

「ケッ。謝ってる暇があるんならさっさとこいつらぶっ殺すぞ。」

「・・ああ。」












鍔迫り合いと、悲鳴。
全てが綯交ぜになって、夜の闇に吸い込まれていった。