【くれないしんげつ】














玄関を通り過ぎ、裏の戸口を開ける。
今日は星もまだらで、空はどんよりと沈んでいるように感じられた。
忍ぶには申し分ないけれど、不気味じゃないと言ったら嘘になる。
かさりと音を立てる草、虫。時折甲高く聞こえてくる鳥の声は、心の臓を縮ませるには充分だった。

ひゅうと生暖かい風がふき、頬を掠めていく。





「辰馬ァ、おめぇもう少し落ち着けよ。俺より年上だろうが。」

「ほがな事ゆうたって、落ち着いてられんよ。」

「ま、気持ちはわからんでもねぇ。・・・もし、止められなかったら、終わりだろうな。」

「・・・・ほがな事ゆうものがやない。」

「わぁってるよ。止めてみせるさ。」

「おぉ。」








雲の隙間から僅かに覗く星の光を頼りに、二人は歩いていた。

銀時の白い羽織が僅かな光を反射して、ぼうっと鈍く光る。
坂本は羽織も頭も真っ黒なものだから見事なまでに闇に溶け込む。

こんな時くらい黒い着物を着ればいいのに。
坂本は思う。
これじゃあいくら月がないとはいっても目立ちすぎるではないか。

銀時は妙なところで抜けている。





「・・・ほれ。」

「んぁ?何だよこれ。俺別に寒くなんかねぇぞ。」

「おんしの格好は目立ちすぎるんぜよ。頭っから被っちょき。」

「・・・・・・それじゃお前が目立つだろ。羽織の下、白なんだからよ。」

「気にしぃな。」

「・・・・。わぁったよ。」









素直に嬉しかったのだ。
坂本の気遣いが。





命知らずで血の気の多い志士達を纏めるのは、桂と坂本の役目だった。
銀時は揉め事が起こっても我知らずだし、高杉はむしろそれを邪魔するほうだったから、二人はいつも
貧乏くじをひいたような形で収拾に勤しんでいた。

志士達はそんな桂や坂本達をとても慕っていたし、尊敬もしていたようだった。
窘められる度見せる笑顔は、まるでどこぞの悪ガキのようだ。
それはとても微笑ましい光景だと、銀時は思う。

特に坂本は志士達の中でも年長だったから、兄のように慕われていた。
けれど銀時は坂本に対して妙な意地があった。

対等でありたいという意地だ。

下らない事だけど、銀時はそこにとてもこだわっていたのだ。




坂本は、銀時を子ども扱いする。
さっきの羽織の事だって、口調からして子供扱いだ。

けれどそれを素直に嬉しいと感じている自分は、やっぱりまだ子供なのだろう。





















「・・・俺たち、ひでぇ時代に生まれたなぁ。」

「どうしたちや、銀時。おんしらしくないやき」

「いや・・もし天人が降りてこなかったら、俺らどんな生き方してただろうなーとか考えてみたりよ。」

「そうじゃなぁ、わしじゃったら、土佐でえぇ女めっけて、日がなきままに暮らしちゅうろうなあ。」

「辰馬らしいな。」

「でも、わしはこれで満うまえちょっちゅうぞ?
おんしとヅラ、まぁ・・高杉にもに会えたからなぁ。」

「・・・お前って・・ほんと・・器用貧乏っつか・・。人がいいってかよぉ・・」


「おおきなお世話じゃ。」







穏やかな帰り道。
銀時は思った。


”捨てたもんじゃない”


こいつらがいるなら、俺の行く先はきっと明るいだろうって、そう、思える。




ふと空を見上げる。
ぼんやりと見える長屋の屋根のすぐ上に、星が光っていた。
















「星・・・・・?」

「は?・・星・・って、銀時!伏せぃ!」

「辰ッ・・!?」

















ズドン。
鈍い音がした。


















「辰馬!!?ちっくしょ・・・!!」

「銀時、いかん!!」




一瞬だった。
あたりに響いた腹に響くような音、煙のニオイ。

坂本が腹を押さえて蹲る。





それからは早かった。




銀時は半ば坂本を引きずるようにして近くの廃屋に逃げ込んだ。
遠くで、近くで、いくつもの雄叫びがあがる。
おそらく戌亥族のものだろう。

松明が次々と灯されていくのが、銀時の目に鮮やかに映った。


血の匂いが鼻をくすぐって、自分の中に妙な高揚感が浮かび上がってくるのを感じる。
情けないくらいに、手は震えているのに。




「辰馬・・・傷見せろ。」

「・・・・すまん。」





羽織の端を刀で千切り応急処置を施す。
手探りで止血をして、坂本を物陰の奥へとやった。









「・・・死なせるもんかよ・・・!!」








じわりと、握り締めた手の平に汗がにじむ。
意識せずにガチガチと歯がなった。
























怖いのか?





















「銀時、落ち着け。わしは、なんちゃーがやないやき。な?」

「わかって、る。わかってっから。ぜってぇに死ぬもんかよ。死なせるもんかよ・・」

「・・・・・・ああ、生きて、いぬるぞ。」













派手な音を立てて押し破られる扉。
銀時は刀を握り、床を蹴った。