【くれないしんげつ】













絶対絶命。
今の状況は正にそれだろう。

銀時は息を殺しながら、そう思った。










「辰馬、大丈夫か。」

小さく、息がかすかに漏れるような声で呟く。
背後の薄闇から、”あぁ”と、それだけ聞こえた。

それだけで充分だ。
銀時は静かに息を吐いた。




恐ろしいほど真っ暗闇だ。




刀を持つ手に力を篭めながら、銀時は思う。
新月の夜。星さえ見えない。

江戸の外れの廃屋に二人はいた。




「辰馬、もう少し、息を殺せないか。感づかれる。」

「・・すまん、銀時。」

「気にすんな。」





無造作に積み上げられた木箱の隙間に、二人は潜んでいた。
廃屋の周りでは何かを探すように何度何度も足音が聞こえてくる。

足音は天人のものだ。




「・・・・さっさとヅラんとこ帰らねぇと・・・」


銀時が小さく呟く。
後ろで坂本が申し訳なさそうな顔をしたのに気付いて、それ以上は口を噤んだのだが。

後ろから坂本の呻き声が聞こえる。
腹を撃たれたのだ。

誰に。

待ち伏せていた幕府の武士と、天人にだ。

銀時は前かがみになり、押し破られるであろう戸口を睨みつけた。







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新月の日は攘夷志士達にとって、とても大事な日だった。

月の出ない真っ暗闇の世界。
人々は一斉に戸口に鍵をかけ布団にもぐりこむ。

新月には犯罪が起こりやすい。
翌朝になって川原から死体が上がる事だって稀じゃないし、女が行方不明になるのも新月の翌朝が一番多い。
けれど人が出歩かないのは、お上から身を隠す攘夷志士達にとってはとても都合のいい事だ。


銀時と坂本はその夜、桧神家を訪れた。

















「親父殿、お上の動きはどうなが?」

「うむ。聞くがよい二人共。あやつら、とんでもないものをつくっておる。」

「とんでもないもの・・・って、何すか。」

「恐ろしく大きな、"塔"を作ろうとしておるのだ。」

「塔?何でほがなものを・・」




桧神家当主、名は忠久といった。
桂の率いる攘夷志士一派の、情報源の一つである。




「塔・・ターミナル、などと言っておった。
天人共が舟を使わずしてこの江戸に降り立つ事の出来るからくりらしい。」

「な・・・!ほがなもの作られたち、はやいよいよなるがやないかね!」

「辰馬落ち着けッ、声抑えろって!」

「落ち着いてられるかい!ほがな・・・ほがな事・・!」

「わかってるての。・・・止めるぞ、ぜってぇ。」

「・・まずはヅラに報告しやーせんと。」

「おぉ、そうだな。親父殿、良い情報を貰った。有難い。」

「いや、構わぬ。後は頼むぞ・・坂田殿、坂本殿。」

「任せとおせ、親父殿!」








坂本は意気込んで立ち上がった。
銀時もそれに続く。

音を立てずに襖が開かれ、家来らしき男が”灯りは”と問う。
坂本はやんわりとそれを断り、暗がりの廊下を歩いていった。




「・・・行かぬのか、坂田殿。」

「行くさ。・・・親父殿、何かあったときの為に、いつでも逃げられるようにしておくんだ。
その時は必ず俺達が馳せ参じよう。」

「・・・・承知した。」




忠久は少し苦い顔をしたが、素直に銀時の言葉に答えた。
わかっているのだ。この家がお上から目をつけられている事くらい。

近いうちに探りを入れにくるであろうは間違いない。
それでも、

桧神家は日本の江戸の、武家でありたかった。





「きんときぃーー!!はよぅ来とおせ!」

「あいつはっ・・・ったく、何考えてんだ。・・騒がしくして悪かったな。」



暗がりの奥から間の抜けた声が響く。
銀時は眉を顰めながら、自分も暗がりを進んでいった。